〜〜 翼の中で 〜〜
「ん・・・おきた、せんせ?・・・」
「はいはい。まだ門限までには時間がありますから、もう少し寝てなさい」
「・・・んぅ・・・は、い・・・」
幾ばくの時も置かずに、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえる。
総司はその寝息の主をちらりと横目で見た後、膝元の菓子に視線を落とした。
ここはいつもの盆屋。
本来ならば男と女が密やかに人目を避けて情を交わし、
或いは一時の快楽に身を委ねる事を目的に訪れる場所。
自分は詳しく知らないが、恐らく男同士の秘か事にも使われるのかもしれない。
だから初めてここを訪れた時、店の主は表情ひとつ変えずに
自分達を部屋へと案内したのだろう。
「・・・ん・・・」
一度目覚めかけたせいか眠りが浅くなっているらしく、少女が小さくむずがって
枕元に座した総司の方へころり、と寝返りを打った。
菓子から視線を離し、少女の寝顔を見つめる。
この子は真面目で真っ直ぐで 誰より働き者だから
屯所にあれば誰も彼も この子の事を頼りくる
縫い物 勘定 外への使い
洗濯 掃除 恋文代書
看病 賄い 稽古の相手
休む暇無く使われる
いつも誰かの呼ばう声
休息の場の夜さえも 怪我人病人その度に 眠るこの子を呼びつける
この子は屯所の誰よりも その身は儚く脆いのに
己の誠を成す為に その身を削れという如く 憩いの夢路も取り上げる
この世の定めた理(ことわり)を たばかる代価を支払えと
命を削れと押しつける
さらり、と少女の前髪を梳いた。
その手をそのまま頬に滑らせ、口の中だけで言葉を紡ぐ。
「屯所では貴女は一瞬たりとも心から休めないですものね。
こんな事しかしてあげられないけど、
今は、今だけは私に全て委ねて、ゆっくりお休みなさい。
ここでの貴女は私が必ず守ってあげますから・・・」
ここを一歩出れば他に守るべきものがあるのだから。
せめて、この場にいる間だけは、貴女だけを守らせて。
精一杯に広げた翼で貴女の眠りを守らせて。
柔らかで温かな少女の頬を幾度か撫でていた手が、
名残惜しそうにゆるゆると・・・離れ。
膝脇に置かれた菓子に伸びた。
温もりは遙かに及ばないが、
その抜けるような白さと指の溶け込みそうな柔らかさは
眠る少女の頬に酷似して。
総司は少女の頬から視線を逸らさぬまま、手の中の菓子に
歯を立てた。
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“知らずの守り手”で鬼副長をビビらせた一言の裏話です。
楽しんでいただければ幸いです。
2007.06.27.〜2007.10.02.