〜〜 輝かしき季節 〜〜
「神谷さ〜ん、か〜みやさん?」
賄い方の人間に混じって野菜を刻んでいたセイの元に、
実に楽しそうな表情を浮かべた上司が現れた。
「はい? どうかしたんですか?」
「あのね、これからちょっと皆して出かけてきますね?」
総司が視線を流した先には、見慣れた一番隊の面々が居並んでいる。
どの顔もやはり楽しそうだ。
「どちらへ?」
自分だけ仲間外れなのかと少しだけ寂しい気持ちで問いかけたセイに、総司が少し考えて返す。
「え〜と、あちこち?」
「は?」
「あのですね・・・」
そして総司が挙げた場所は見事に水辺の湿気の多い所ばかりで。
「それで、私は深泥ヶ池まで馬で・・・ね?」
ね? って・・・男が小首を傾げて言っても可愛くなどないぞ、と思いつつ
セイは大きな溜息を吐いた。
「そうでした。そろそろそんな季節でしたよね。紫陽花も綺麗に色づき始めたし、
アレもさぞや盛大に繁殖しているんでしょうね」
一番隊の連中が満面の笑みのまま、ぶんぶんと音がするほど力強く頷いている。
楽しそうだ。実に楽しそうだ。
これから薄暗くジメジメした場所に赴き、腐った木の隙間に手を突っ込み、苔むした石をひっくり返し、
あの奇妙な生き物を捜索するという暗い行為を前にしているとは思えないほどに
誰も彼もがとてつもなく楽しそうだ。
中でも最も楽しそうなのは彼らの上司でもあり、本来なら止める立場にあるものを、
率先して誰より熱心に捜索しているこの男。
「ここ数日雨が続いていましたからねぇ。さぞやいっぱい・・・」
ふふふふ、と笑いを漏らすその男の瞳はキラキラと輝き、
今にも踊り出しそうな気配すら漂わせている。
「あのですね・・・」
頭を抱えたい心境でセイが口を開いた。
「去年! 味噌汁の椀に! アレをた〜〜〜っぷりと仕込んで!
副長を卒倒させただけじゃ足りないっていうんですかっ?!」
その言葉に・・・男達が一斉にニタリと笑う。
どこか歪みを帯びた、けれどひどく満足気な顔で。
思わず半歩身を引いたセイの肩を総司ががしりと掴んだ。
「神谷さん。先手必勝という言葉をご存知ですよね?」
先程までの妖しさを綺麗に拭い去った男が、
さも兵法の講義をするかのように表情を引き締め厳かに語る。
「先んじて警告を。聞かなければ脅迫を。今一度の慈悲を含めた恫喝を。
そして・・・今年はどうしてあげましょうかねぇ・・・」
ゆぅるりと吊り上った口元からは含み笑いが漏れて。
カチリと凍りついたセイをそのまま残し、
一番隊の面々と彼らを率いる組長は楽しげに、とんでもなく楽しげに、
色里に行く時でもこれほど軽い足取りではないだろうと思われるほど嬉々として、
その場を去っていった。
黙したまま一連のなりゆきを眺めていた賄い方の人間達は、
道理で最近の副長がそわそわと落ち着きがなかったはずだと囁き合う。
隊で一番年若い隊士だからか、普段はセイの顔を見れば気安く用を言いつけ、
適度に揶揄を交えた皮肉などを遣り取りしているものを、
ここ最近はどういう訳かセイの顔を見かけるとそそくさと逃げるようにその場を去るのだ。
それでもきっと何かあの男の逆鱗に触れる事をしたのだろう。
一番隊の組長が弟分としている小柄な隊士の事を、傍目構わず溺愛している事は、
隊の人間なら誰もが知っている。
そして日頃は昼行灯のようにぼんやりと感情を荒立てないその男が、
セイの事に関してだけ喜怒哀楽を過剰なほど鮮明に表す事も。
土方の深い意味も無い、至極真っ当なセイへの仕事の指図も、きっとあの男は気に入らなかったのだ。
自分以外の男が可愛い弟分を我が物のように扱う事が。
冬の間は耐えていたのだろう、アレを見つける事が困難だから。
けれど、時は至れり。
後援部隊の配下の者達を従えて、あの男は一気に攻勢に出ようというのだ。
先程の輝かんばかりの彼らの笑顔が甦る。
あれほどの熱意と喜びを持って捜索したなら、どれだけ大量のアレが見つかることか。
未だ凍りついたままのセイの背中を見ながら、心の中でほんの少し土方に同情した彼らだった。
2007.07.08.〜2007.10.02.