〜〜 秋の・・・ 〜〜



紅葉狩りに行こうと貴女が言った。



久しぶりの非番の日。
いつものように甘味処へ誘おうと声をかけると、その人はふるりと首を振った。

こんなに良い日和なのだから、紅葉を愛でに行きましょう。

柔らかに微笑んだ彼女は、ちゃんとお菓子も持って、と言葉を足した。
紅葉を楽しみながらの甘味・・・悪くないと頷いた。



途中の店で饅頭を買い、彼女の後をついて歩く。
行き先は嵐山らしい。

町中からうら寂しい道筋を辿り、竹林を抜けた先にある渡月橋からは
すっかり赤や黄色に染まった山が一望できた。
山の天狗の悪戯か、時折吹き抜ける秋風に燃える炎の表情が変わる。
きらきらと真砂の粒を撒くように光の残滓を吹き散らす。

「綺麗ですねぇ」

思わず漏らした私の言葉に貴女が微笑む。

「そうですね。遠くから眺めるのも良いですが、私は彩の仲間に入りたいんです」

その言葉は彼女の今迄の生き方を表しているような気がして
思わず笑いを零した。
武士という特別な存在を離れた場所から憧れつつ見つめている事などできず、
全てを薙ぎ払って飛び込んできた少女。
どんな場にあっても、その魂は変わらない。


クスリと笑った私に気づかず彼女は少し先を歩く。

時折足元の石に躓きながら、けれど真っ直ぐに前を見据え
望む場所に辿り着くまでその歩みは止まらない。



「うわぁ!」

ぼんやりと小さな背だけを視界の中央に据え、
歩んでいた私の耳に感嘆の響きが滑り込んだ。

「すごい、すごいですねっ、沖田先生っ!」

振り向いた貴女の姿が周囲の紅葉の中で輝いている。
赤に黄に。
命の最後を燃やすが如く、鮮やかに色づく葉の中で
最も輝きしは未だ若木の熱量を放つ娘。

終焉を迎えし者達の寂寥を知らず、ただ凄烈に生の喜びを眼差しに宿す。


黄金(こがね)、銀(しろがね)陽射しを浴びて
綾を錦をその身に纏う

龍田姫とはかくの如くか



「では念願の仲間入り・・・」

トサリと軽い音を立てて彼女が横たわった。
散り敷く彩を褥(しとね)として。

「空の青に赤が映えて綺麗ですねぇ・・・」

その言葉に彼女の横へと並んで寝てみる。

頭上に伸びた紅葉の赤が高い高い秋空の青を際立たせる。
空の青が燃え上がる赤をより鮮やかに映し出す。

対照的なものの奏でる色彩の競演。
それは真実、美しい。




ふう、と小さな溜息が耳に止まり顔を横に向ける。
大きな瞳を閉じた彼女の身に、ふいに吹いた気まぐれな風が
彩の衣をふわりと掛けた。

人の手などでは到底叶わぬ自然の色彩に華奢なその身が埋もれる。
稀有な輝き心に抱く妙なる娘に惹かれるは、秋を統べし龍田の姫か。



されど・・・。


ひらりと彼女の髪に舞い落ちた紅き誘いを摘み上げる。

「神谷さん」

小さな呼びかけにぱちりと開いた大きな瞳に自分が映る。
それが嬉しくて頬が緩む。

「お饅頭、食べましょう?」

「はいっ!」

身を起こした貴女は、バサリと音を立てて錦の衣を滑り落とした。
名残惜しげに纏いつく、秋の使いを手で払う。
意識せずとも己の口元に笑みが刻まれる。


そう。
神の纏いし綾衣などに抱かれる貴女は見たくない。
その身を抱くは人の腕。
朱に染まりし男の腕。


ならばこそ・・・。

手に持ったままだった赤の欠片に息をかけ、その身を遠く彼方へ飛ばす。
神の誘いを遠ざけて、愛しき娘に振り返る。



これ以上他の誰かを惹きつけぬよう、
この腕に隠してしまいましょう。



全山燃ゆる秋の日に。







2007.11.02.〜2008.01.02.