〜〜〜 斑雪(はだれゆき) 〜〜〜




「あ、あれ?」

「どうしたんですか、神谷さん?」

綿入れの上から布団までかぶった総司が、もこもこと中から顔を出した。

「い、いえ・・・あれ〜?」

パタパタと懐を探り、袂を叩いては首を傾げるセイの様子に総司が重ねて問いかける。

「どうしたんですよぉ?」

「う〜〜〜ん、実はですねぇ・・・」

セイが困った様子で口を開いた。






「一番隊、三番隊、午後の稽古は外で行いますっ!!」

つい先程まで「寒い中で稽古するのは嫌だ」と布団に潜り込み、
駄々を捏ねていた人物とは思えない凛とした声が屯所に響いた。

「え〜? 沖田先生、勘弁してくださいよ〜」

「何もこんな日に外で稽古せずとも・・・」

「道場だって凍りつくほどだと言うのに、斎藤先生からも何か言ってください」

指示された一番隊と三番隊の隊士達から一斉に不満の声が上がった。

「おい、沖田さん。確かに何もこんな中でする事も無いんじゃないか?」

斎藤が指差す先、屯所の中庭は足首まで埋まるほどの雪が積もっている。
昨夜半から降り出した雪は今も時折ちらちらと舞っているのだ。
これでは稽古どころか隊士達に風邪を引かせかねない。


斎藤の言葉にむうっと眉間に皺を寄せて総司が言い返す。

「斎藤さんまで何を言ってるんですかっ!
隊の精鋭部隊である我々は他の方々よりも出動する機会は多いんです。
雪の中での斬り合いとて無いとは言えないでしょう!」

覇気に満ちた表情で言葉を続ける。

「いざという時に“雪の中だから今日はやめておきましょう”なんて事は通用しません。
まして雪で足を滑らせ不覚を取った、など笑止千万!
せっかくの機会を鍛錬に利用せずしてどうしますっ!」

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

「・・・・・・確かに・・・・・・」

ぼそりと斎藤が呟いた。
“隊の精鋭部隊”という言葉にやる気を掻き立てられた隊士達も
勢い込んで頷いている。

「さあ! 午後は庭で雪の中の立会いに慣れてもらいますよ!
気合を入れていきましょうっ!!」

「「「応っ!!!!」」」

威勢の良い返答に満足気に頷いた総司が隣に立っていたセイを見やる。

「神谷さんは濡れて冷えた皆さんの為に乾いた布をたくさんと、温かい汁物の用意を
お願いしますね。なんたって体を温めるには汁物が一番ですから」

「は・・・はい・・・」

何か言いたげなセイの背中を賄所の方向へと押しやる総司の背後では隊士達が
「神谷のご褒美付きか〜、頑張るぞ〜!」と気勢を上げている。


セイの姿が見えなくなった所で斎藤が総司に囁いた。

「何を企んでいるんだ、沖田さん」

その問いに総司は何も答えずに、ニヤリと怪しい笑みを零しただけで
隊士達を引き連れて庭へと出て行った。






「いや〜〜〜っ!!」

「おおぅっ!!」

「たぁ〜〜〜〜!!」


間断なく上がる気合に斎藤が目を細めた。
確かに雪の中での立会いは通常のものとは違い、より神経を使う。
その上じっとしていると体が凍えてしまいかねないので、
普段の稽古よりも隊士達の運動量は多い。
雪中鍛錬も思いの外、役立つかもしれないと内心総司の提案に感心していた。


「みなさ〜ん、そろそろお終いにしませんか?」

セイが賄い方の隊士達と共に大鍋と大量の椀を持って濡れ縁に現れた。
背後には山積みされた乾いた布が置いてある。

「あんまり濡れすぎている方は、副長に許しをいただいて
湯も沸かしておきましたから温まってきてくださいね」

駆け寄ってきた隊士達にまずは布を、次いでたっぷりと汁を盛った椀を
手渡しながらセイが勧める。
湯気の立った椀は体を芯から温めてくれるようで斎藤も礼を言って受け取る。
熱い汁を口に含んだ時、目の端に何やら俯いて庭をうろつく総司の姿が映った。
食べ物に関して(特に神谷が作ったものであれば尚の事)真っ先に反応しないなど
珍しい事もあるものだと何気なくその姿を目で追っていると、セイが走り寄っていく。


「沖田先生?」

「う〜〜〜ん、変ですねぇ。そろそろ・・・」

「ですから、雪が溶けるまで待つと言ったじゃないですか。
風邪を引かれますから早く体を拭いて温かい物を召し上がってください」

「う〜〜〜ん・・・もう少し・・・」

「もういいですってば!」

「駄目ですよぅ。約束をしたんですから・・・っくしゅっ!」

「ほらっ、もう!」

セイが総司の袖を必死に引いて屋根の下に連れてこようとしているが、
大きな体は全く動こうとせず、足元の雪を掻き分けている。

「沖田先生っ!!」

一際大きなセイの声に何事だと隊士達が一斉にそちらに顔を向けた。
その瞬間。

「あったっ!!」

総司の歓喜に満ちた声が高らかに響き渡った。






「・・・・・・で?」

「いやぁ、だからですね。
神谷さんが祐馬さんの形見の小柄を落してしまったって言ってたんですよ。
昨日巡察から戻って門の所でちょっと使って、その後は覚えてないって
・・・へくちっ・・・」

祐馬の形見か・・・と、斎藤が小さく頷く。

「だったら落したのは門から玄関までの庭でしょうし。・・・くしゅん。
ただ今日は生憎、雪が積もってて探せないでしょう?」

「・・・だから隊士達に稽古という名目で雪かきをさせた、って事か?」

剣を使う時は自然にすり足になる。
必然的に積もった雪を踏み荒らし、地面が顔を出すほどに雪を除ける事にもなる。

「ええ。神谷さんの小柄も見つかるし、隊士の鍛錬にもなるし一石二鳥!
私ってば頭が良いですよね〜」

確かに斎藤にしても丸っきり総司のやった事を否定するつもりは無い。
隊士達の鍛錬としても役に立ったし、セイの小柄も見つかった。
この男にしては珍しいほどの上策だとも言えよう。

しかし。
しかしだっ!!

先程からくしゃみを繰り返し、鼻声のこの男の懐に抱え込まれているものは
どういう事なのだ、と斎藤は拳を握り締めた。
ありったけの綿入れや布団を被った総司の懐の中では、
借りてきた猫のようにセイが身を縮めている。
すっぽり身を包まれてはいるが、俯いたその耳や頬が
真っ赤に染まっているのが時折垣間見える。
不機嫌そうな斎藤の視線に気づいたのか、総司がくすくすと笑いを零した。


「ふふっ。ここ最近寒いですからね〜。
ちゃんと小柄を見つけられたら私がお願いした時に
こうやって温石代わりになって貰う約束をしたんですよ。
温かいんですよね〜、神谷さんってv」

蕩けそうな笑みでセイを抱き締める腕に尚更力を込める。



(・・・・・雪の中に一晩突っ込んでやりたい!!)

そんな殺意を抱いたのは斎藤だけでは無かったが、
殺気の集中砲火を浴びた男は全く頓着せず。
その晩から自分だけの柔らかな温石を抱えて、安らかな眠りにつく男の姿が
冬の間中の一番隊名物となった。





2008.02.03〜03.15.