〜〜〜 梅双枝(うめふたえだ) 〜〜〜
「うわぁ、もう梅が綻び始めてますよ?」
弾むようなセイの言葉に総司が微笑んだ。
「本当に・・・今日ばかりは土方さんのお遣いに感謝ですねぇ」
土方に上七軒の妓の所まで文を届けるように命じられたのはセイだったが、
ちょうど手の空いていた総司も同行してきたのだ。
「何となく香りは感じていたんですよね。もしかしてと寄って良かったですね〜」
用を済ませてから少しだけ回り道をして北野天満宮に寄った甲斐が
あったというものだ。
「梅は咲き際、桜は散り際・・・」
目を瞑り清々しい香りに浸っていたセイがポツリと呟いた。
「? なんです、それは?」
不思議そうな総司の問いに小さく笑いながらセイが答える。
「梅と桜の最も美しい時期ですよ。梅は三分咲きまでが一番綺麗だと思いませんか?
ほとんどの蕾がぽちりと小さな白い珠になっている中で、
少しだけ花が綻びて冷たい空気の中に凛と高雅な薫りを漂わせる」
総司は改めて天神様の境内を眺めてみる。
確かにまだ冬の気配が勝る大気の中、二分咲き程度の梅は気高く品が良い。
「桜はですね」
セイが言葉を続けた。
「八分咲きぐらいで風が吹くたびに花弁をはらはらと散らす頃が
最も綺麗でしょう? 花吹雪という感じ。
あれ以上の物は無い気がしますねぇ」
総司の脳裏に花吹雪の中に立つセイの姿が浮かんだ。
遠い昔に桜の精とも感じた少女は頭に月代を頂いた武士になっているけれど、
その内面はやはり花の精のままらしい。
くすりと小さく笑いが零れた。
「確かにわかりますね。梅は咲き際、桜は散り際ですか。
では、武士は?」
並んで歩きながらセイを見下ろした総司が悪戯っぽく小首を傾げる。
一度息を吸ったセイが満面の笑みで答えた。
「もちろん、武士は“いつでも”です!」
目を瞬いた総司が声を上げて笑い出した。
「いつでも、ですか?」
「はいっ、いつでもですっ! いつでも美しいからこそ、武士なんですよ!」
ああ、本当にこの子は真っ直ぐなのだと笑いが止まらない。
清濁共に承知していようと、高い理想を掲げる事を忘れない。
凛と気高きその魂は、どこか儚い桜の精より梅の精なのかもしれない。
その魂とよく似た魂を自分は知っている。
にこにこと得意満面に自分を見上げるその少女の月代にポンと手を置いた。
軽く二.三度撫でてから放し、微笑みかけた。
「宮司様にお願いして、梅を一枝いただいて帰りましょう。
きっと土方さんが喜びますよ?」
「副長ですかぁ?」
セイの頬が不満そうに膨らんだ。
妓への文遣いに使われた不満を思い出したらしい。
「それからここの裏手の焼餅屋さんで焼餅をいただきましょう。
美味しいって聞いてるんですよ〜」
その言葉にセイの表情が緩んだ。
総司ほどでは無いけれど、セイとて甘味は好きなのだから。
「仕方がないですねぇ。おつきあいします・・・」
それでもしぶしぶの体を作ろうとする姿が可愛らしい。
こんな素直じゃない所まで、屯所で仕事に埋もれているあの鬼によく似ている。
「ふふっ」
嬉しそうに総司がセイの手を掴み、そのまま歩み出した。
屯所の鬼には気高き梅を。
梅の精には甘い菓子を。
大好きな二人への贈り物。
けれど素直じゃない二人の事、きっとそのまま嬉しい顔は見せないだろう。
なんだかその姿が、微妙に曲がった梅の幹に重なる。
ああ、やっぱり二人とも良く似ているなぁ、と噴き出した自分を
不思議そうに見上げるセイの手を引き歩を早める。
「お遣いのご褒美に焼餅は土方さんにご馳走して貰いましょうね〜」
総司の言葉にセイが楽しげに笑う。
初春の梅園は清々しい薫りに満ちていた。
2008.02.03〜04.28..