〜〜〜 鼓動を伝えて 〜〜〜
(夢行シリーズ設定)
ふと夜半に目覚めるとセイは必ずと言って良いほどに、自分の胸に寄り添っている。
それは可愛らしく頬を寄せるというよりも、必死に耳を押しつけるように。
まだ夫婦として同じ褥に休むようになったばかりの頃だった。
延べた褥の前でうんうん唸っているセイにどうしたのかと声をかけると、
心底困惑した声が返された。
「総司様に、腕枕をしていただくのはとても嬉しいのですけれど・・・」
剣を扱う男の右腕を下に敷く事は出来ない。
けれどいざという時に総司を守るため、庭に近い方に休むとそれは右側になる。
枕の位置を逆にして、総司の左腕を庭側に向けようとすると
必然的に北枕となってしまい、それも何だか不吉で嫌なのだ。
かといって腕枕を遠慮しても、ようやく名実共に妻としたセイを
この男の方が数瞬たりとも離す事を嫌がるのだから。
どうすれば良いのでしょう・・・と、セイが途方に暮れたように呟く。
セイの言葉を全て聞き終えた総司がいきなり吹き出した。
この愛しい妻はまだ自分を守る盾になろうと思っているのかと。
もちろん今でもこの人の剣技は確かだと知っている。
危険や殺気を察知する力も衰えてはいないだろう。
だからといって常時妻に守られる夫がどこにいるというのか。
咳き込むほどに笑い出した夫を、呆気にとられて見ていたセイの頬が
みるみる膨らんでゆく。
「そりゃ、沖田先生に比べたら私の力なんて微々たるものですけどね・・・」
いつの間にか、神谷清三郎の意識が甦ってしまっているようだ。
そんな可愛い人を腕の中に引き寄せてその耳元で総司が囁いた。
「あのね。貴女の実力は私が一番知っているし、だからこそ見縊ったりなど
しないけれど・・・愛しい人の腕に抱かれている時くらい、
私に全てを委ねてくれたって良いと思うんですよね」
“愛しい人”という言葉に反応したのだろうか、セイの頬がほんのり色を乗せる。
「それにね・・・」
――― 私の熱に溺れて、全てを忘れきって眠ってもらえないなら
夜毎の私の頑張りが足りないって事になっちゃうじゃないですか
吐息と共に落とされた言葉に、今度こそセイの耳が濃い紅に染まった。
「も、もうっ!」
どんどんと自分を抱え込んで離さない男の胸を叩くその仕草も、
照れを誤魔化す可愛いものでしかない。
あははっ、と笑いを零しながら抱き締める腕に力を込めた。
隊士だった頃からこの人は変わらない。
全身で自分を慕っていると伝えてくれる。
きっと数多くの切ない思いをさせたのだろう、あの頃の自分は。
涙目で見上げてくるその瞳に笑みを浮かべた男が映る。
もう、この瞳から逃げようなどと思わない。
逃げる事などできっこないのだから。
吸い込まれるように唇を寄せた男の熱は、
押さえ込まれていた恋情を幾度も告げ続けた。
けれどやはりこの人の不安は拭えないのだろう。
あの修羅の刻を知っている人なのだから。
夜毎自分の胸に耳を押しつけ、生の響きを確かめるような妻を抱え込む。
「貴女を置いて、どこにも行ったりしませんよ・・・」
小さく呟きながら眠りに落ちる。
優しく響く鼓動を伝えて。
2008.04.08.〜06.29.