〜〜〜 赤い紐 〜〜〜
(猫番隊のお話)
「総司〜、総司はいねぇか〜?」
屯所の廊下を騒がしい音を立てながら原田が歩いてゆく。
『なぁぁお? (なんですか〜?)』
庭の木の上で昼寝をしていたらしいソウジが、トスッと軽い音を立てて
飛び降りてきた。
しなやかな動きで原田に近づくその背後には、一緒にいたのだろう
セイの姿もある。
「ああ、いや悪ぃ。お前じゃねぇんだよ、ヒラメの方だ」
縁側にいる原田を見上げるソウジの頭をグリグリ撫でながら謝罪した。
その場所は副長室の前。
ちょうど出てきた土方が目の前の廊下にしゃがみこんでいた
大きな背中を膝で押した。
「邪魔だ」
「うおっ!」
――― ドスン!
ソウジの頭を撫でる為、不安定に地面に手を伸ばしていた原田の体が傾き、
大きな音を立てて庭へと落下した。
身の軽いソウジは咄嗟に横に飛びのいて下敷きとなるのを避けている。
――― ぱさっ
セイの前に原田の懐から落ちた本が開かれた。
「いてぇっ! 土方さん、ひでぇよ〜」
「デカイ体がそんな場所にあったら邪魔なんだよ」
「何だよ、また総司にでもからかわれたのか? 機嫌が悪ぃなぁ」
この程度の事なら常の事だと、地面に座り込んだまま笑いながら
原田が土方を見上げた。
てっきりむきになっての反論が飛んでくると思っていたが、
何故か土方は自分の背後を凝視している。
つられて振り向いたその先には・・・。
『にぁぁ、にゃん? (これは、なんですか?)』
小首を傾げる小さな白猫と。
『にゃごにゃごにゃぅぅぅぅん。(絵姿というものらしいですねぇ)』
何かを説明しているらしい大きな白猫。
『にゃんにゃごにゃぁぁん? (こういうのが好きなんでしょうか?)』
『にゃにゃにゃん、にゃぁぁぁご。
(赤い紐が可愛らしいのかもしれませんねぇ)』
――― たしっ
ソウジが絵の上に手を乗せた瞬間、土方が庭に飛び降りて本を拾い上げ
原田の顔面に叩きつけた。
「ガキに春画本なんて見せてるんじゃねぇっ!」
耳を赤く染めているその姿を唖然と見ていた原田が声を上げて笑い出した。
「ガキったって・・・猫じゃねぇかよっ!」
「猫でもだっ! おめぇは少し慎めっ! この阿呆がっ!」
身を二つに折って爆笑する男の頭を殴りつけた土方は憤然と廊下に上がり、
ドスドスと足音を立てて去っていった。
「あ〜あ、足も拭かねぇで・・・また神谷にどやされるぜぇ」
笑いの余韻で目尻に涙を残したまま、原田も井戸へと向かっていった。
もちろん猫に春画本の意味など理解出来るはずが無い。
あくまでも絵の中にあった『赤い紐』が可愛らしいようだと認識しただけだ。
だから・・・その日の夕刻、いつものように道場に遊びに行った二匹の白猫が、
うっかり置かれたままの土方の面に注意が向き、そこについていた
赤い面紐にじゃれついたとしても深い意味は無い。
ましてにゃごにゃごと楽しげに遊んでいるうちに、まるであの絵のように
セイの体に赤い紐が巻き付いてしまったとしても。
セイを助けようと紐を口に咥えていたソウジの姿が、逆の行動に見えたとしても。
猫達には艶めいた考えなど、ぽっちりもありはしなかったのだ。
「だ・か・ら言っただろうが、左之助っ! てめえが全部悪いっ!!」
「うわっ、土方さんっ! それ真剣だからっ! カンベンしてくれ〜っ!」
その姿を偶然見てしまった鬼副長が原田を追い回したとしても。
それは全て人間のヨコシマな想像力が原因なのだ。
「待ちやがれっ! 左之っ!!」
土方の怒声が遠くに響く。
今日も屯所は、賑やかだ。
(それより誰か、ほどいてあげてくださいよ〜(涙))@ソウジ心の叫び
お終い
2008.07.06.〜09.13.