〜〜〜 真夏の涼味 〜〜〜



「冷やし水が食べたい・・・」

連日続く夏の暑さ。
京都の夏の厳しさは格別である。

だというのに小さな隊士の背後から大きな男がべったりと抱きついたまま、
その耳元で囁き続けていた。


「冷やし水・・・冷やし水が食べたいですぅ・・・」

「ええいっ、うっとぉしいっ! このクソ暑いのにベタベタ貼りつかないでくださいっ!」

セイにしても年頃の女子である。
想いを寄せる相手に抱き締められて耳元で囁かれれば、それ相応の反応を
示したい気がしないでもないが、それはこの場合捨て去られていた。
艶めいた囁きならまだしも、大の男が甘味を強請る童のような言葉を
朝から延々と繰り返しているのだから。

「冷やし水だったらちょっと町中に行けば、幾らでも売ってます!
午後の稽古の前に行ってらしたらよいでしょう!」

「ええ〜〜〜?」

セイの体から手を離した総司がぐるりと前に回って頬を膨らませる。

「京の冷やし水は江戸と違うんですよっ! 白玉が入ってないんですっ!
あれは私の欲しい冷やし水ではありませんっ!」

何故たかが冷やし水如きでそこまで力説するんだ、この男は・・・。

セイは暑さからだけではない眩暈を感じた。

確かに江戸の冷やし水には白玉が入っていた。
冷たい砂糖水に白玉が浮かんだ冷やし水は、夏の暑さで渇いた喉を潤すには
最適なものだったのだ。

「昼近くなると冷やし水自体は温くなっていたりしましたけど、
あの白玉がつるんと喉を滑る感触が冷たさを演出して、
えにも言われぬ感動が・・・」

黒ヒラメの陶酔は未だ続いている。
それを聞くともなく聞いていたセイが昼餉の後の稽古に思いを馳せた時。

「じゃあ交換条件です! 冷やし水を作ってくれたら隊の稽古の後、
朱雀野で神谷流の稽古をつけてあげますよ?」

暑さに参って、ここ数日総司が嫌がっていた神谷流の稽古を条件に出すほど
冷やし水が食べたいと言うのか・・・。
呆れを通り越して笑いながらセイが頷いた。

「わかりました。では今から作って井戸で冷やしておきますね。
道場での稽古を終えたら食べごろになっているはずですから。
その代わり・・・」

「わかってます! 明日は非番ですから多少遅くなっても問題ありません。
朱雀野で夜の立会いを稽古しましょう。土方さんに夜間外出の許可は
取っておきますから」

にっこりと笑うその顔には『冷やし水だv』と大書きされている。
まったく仕方が無いなぁと苦笑しつつ賄所へ向かうセイの姿を見送り、
総司も嬉々として副長室へ歩み出した。



「あ〜〜〜!! 私の冷やし水がぁぁぁ!!」

稽古の後、夢にまで見た“江戸風の冷やし水”を頬張っていた総司の元に
どこからともなく湧いて出た幹部や隊士が群がり、
一瞬にしてセイ特製冷やし水が消滅したのはお約束。
翌日再び作る事を約束して、膨れた総司をセイが宥めたのもお約束。


そしてその日の夕刻、大小二つの影が屯所の門を並んで出て行き、
朱雀野の森では深更まで威勢の良い掛け声が響き続けたのだった。





2008.08.27.〜10.14.