〜〜〜 鍛錬の翌日は 〜〜〜




「今夜もどうですか?」

「はいっ!」

総司の声に輝く笑顔でセイが頷く。
けれどそれを聞いた仲間達の表情が、実に複雑に歪んでいた事を二人は知らない。



翌日が非番にあたる月の明るい晩には、度々大小の影が屯所を出て行く。
行く先は朱雀野の森だ。
夜間の巡察に備えて、薄暗い中で神谷流の稽古をしようと言い出したのが
どちらだったのかはこのさい問題ではない。
問題なのは翌日の事なのだから。




「またか・・・」

一番隊の隊士達が廊下や庭で所在無げにうろうろしているのを目にした
斎藤が苦く呟いた。
その姿を見つけた一番隊の相田が駆け寄ってくると半泣きに近い様子で
斎藤に訴えた。

「斎藤先生っ! 本当に何とかしてくださいよ、あれっ!」

指差した先の隊士部屋の中の様子など見ずともわかっている三番隊組長は
不快そうに唇を曲げた。

朱雀野で夜間鍛錬したふたりは翌日の午後に揃って午睡を取るのだ。
非番である以上、何をしようが問題など無いが、いかんせんその姿は
刺激が強すぎる。
隊士部屋の最も奥にセイを横たえさせた総司が、その姿を隠すように
こちらに背を向けて寝ている。
開け放たれた障子から差し込む光からセイの眠りを守る意味もあるのだろうが、
それを毎回見せつけられる仲間にしてはたまったものではないのだ。
結局その情景を正視できずに部屋を出る一番隊士達は、居場所を無くして
こうして廊下や庭で傍迷惑なふたりが起きるまで時間を潰す事になる。


「何とか、と言われてもな・・・」

斎藤は後をつけた事があるから知っている。
土方に夜間外出の届けを出し、ふたりは実に真摯に鍛錬を行っているのだ。
それをやめろと言う事など出来ない。

「あんな様子を毎回見せられるこっちの身にもなってください!」

相田の言葉も最もではあるが、実際総司達は問題にされるような事はしていない。
非番の日に疲れを癒す仮眠を取っているだけだ。

「寝るな、とも言えないだろう」

苦りきった斎藤の言葉に相田が重ねて噛みついた。

「だったらいっそ副長に許しを貰って、ふたりが仮眠する時の部屋を!」

土方も夜間外出の許可を取りにきた総司から聞いている。
如身遷のセイが、その小さな体躯でも身を守れるようにと
隊士達の目につかない場所で神谷流の稽古をしている事を。
だから隊士達から願われれば部屋の使用を否とは言わないだろうが・・・。


「お前、昼から障子を締め切った部屋に二人が閉じこもっていて
 落ち着いていられるのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

――― ぼんっ!

ひやりとした冷気を感じさせる斎藤の言葉を脳内で噛み砕いていた相田が
一瞬で真っ赤になるとその場を駆け去っていった。
同時にふたりの会話を聞いていたのだろう隊士達が頭を掻き毟ったり
がくりと肩を落す様子がそこここで見受けられる。

廊下から覗き込んだ隊士部屋の奥で眠るふたりは同じ布団に休んでいるわけでも
まして抱き合っているわけでもない。
ただ心持ち寄り添っているだけだ。
こうして誰にでも見える状態でいるからこそ一部の隊士達を嘆かせはしても
妙な噂にならずにいる。
これを閉ざされた室内などに隠してしまったとしたら、それこそ土方が
全身に鳥肌を立てるような噂がわんさと発生する事だろう。
それを思えば現状維持が最も無難な選択だといえた。


――― はぁ・・・

限り無く不愉快ではあるが、華奢な弟分の身の安全とその気持ちを思えば
横槍を入れる事も出来ないと斎藤は溜め息を落とした。



そして仲間達の困惑と斎藤の苦い想いも知らず。
今日もふたりは安穏とした午睡の中を漂っているのだ。





2008.11.20.〜2009.01.06.