〜〜〜 甘い風景 〜〜〜



「かっみやさ〜んっ!」

新たな年を迎え、それぞれがひとつ年齢を重ねたこの屯所に
旧年と全く変わらない青年の声が響いた。



「神谷さ〜ん! どこですか〜?」

非番の今日もいつもと変わらず早起きをして、井戸場で洗濯をしていた
若い隊士の姿を探す。
昼も近くなった今、すでに洗濯物は綺麗に干されてセイの姿は無い。

「神谷さ〜〜〜ん?」

昼餉の支度に殺気だっている賄所にも小さな影は見られなかった。
きょろきょろと辺りを見回しながら屯所の廊下を背の高い青年が歩いてゆく。

「神谷さんってば〜! 隠れてないで出てらっしゃい〜!」

すれ違う隊士達が口元を抑えている。

「出てこないとお仕置きしますよ〜? かっみやさ〜〜〜ん!」

幼子を探す親のような言葉だが、落ち着かなく小さな弟分を探す様子は
この男こそが迷子の子供にしか見えない。
屯所のあちらこちらから笑いが漏れている。


「神谷さんったら〜!」


「総司、こっちだ」

うろうろと通りかかった局長室から呼ばれて室内を覗き込むと、
試衛館の仲間達が集っていた。

「あれ? 皆さんお揃いで・・・。ところで神谷さんを知りませんか?」

まずは神谷かと笑いが零れる中、原田が自分の膝元を指差した。

「神谷は、ここだ」

「は?」

指の先には畳しかない。
総司が首を傾げた。

「お、そろそろか?」

「そろそろだね〜」

何かの気配を探っていたらしい永倉と藤堂が可笑しげに頷きあう。

「いったいどういう事です?」


「ぷっはぁぁぁぁぁっ!!」


総司の問いに被るように縁の下から出てきた物体が大きな息を吐き出した。
頭や身体のあちこちに蜘蛛の巣を絡ませ、煤けているのは確かにセイだ。
慌てて総司が濡れ縁へ出ると懐から出した手拭で汚れたセイの顔を拭き始める。

「何をしてるんですか、貴女ってば」

「何を、じゃないですよ! 原田先生が通りかかった私に“美味いから食え” って
とんでもない方向へミカンを投げて寄越すから、そこの」

背後にある庭石をビシリと指差して、膨れながら言葉を続ける。

「石に当たって床下に転がりこんでしまったんです。食べ物を粗末にできませんから
私が拾いに行ってたんです!」

パタパタと手拭で蜘蛛の巣を払われながら唇を尖らせる様子に、
改めて室内から笑いが起きた。
それはまるで虐められた事を親に言い募る童のような姿だ。

「おら、総司も食えよ!」

笑いの中から原田が投げたミカンが総司の頭上を越えて行こうとした時、
軽く伸び上がった青年が片手を伸ばして受け止める。
一瞬その身体が蒼天に吸い込まれそうな錯覚を覚えたセイが、
無意識に総司の袴を握り締めた。

「神谷さん?」

「あっ、す、すみませんっ!」

頭上からかけられた声にハッと手を離したセイの瞳の中で不安が揺れている。
それに気づいたのか総司が目の前の月代に手を置いた。

「ミカンを食べたら甘味処へ行きましょう。初甘味ですよ!」

「って、昨日も一昨日もお年賀に局長へと届けられた御菓子を抱え込んで
 食べていたじゃないですかっ!」

箱ごと抱えて食べる姿に行儀が悪いと叱り飛ばした事を思い出し、
反論するセイの前で総司が指を振る。

「神谷さんと二人での甘味処は今年初めてなんですから。ね?」

甘味よりも甘く感じる微笑にセイの頬が桜色に染まった。

「おうおう、年始から仲睦まじいよなぁ」

からかいを込めた原田の言葉に総司がにこやかに振り返った。

「ええ、なんたって私達は仲良し師弟なんですから。それに新年早々この人を
 床下にまで潜らせた原田さんのおごりで甘味が食べられますものね」

「え?」

原田の額にじわりと嫌な汗が浮いた。

「あんなに真っ黒にならせたんですし、当然のお詫びですよね?」

満面の笑みの中、瞳だけが強烈な重圧を与えてくる。
今年一年、この調子でセイをからかうなら容赦しないぞ、と
言葉以上に語っているのだ。

「わ、わかった。わかったから、とっとと出かけちまえ!」

悲鳴と共に原田の財布が投げられると、それを軽く受け止めた総司が
セイを促してその場を去った。

「何だか総司の凄みが増した気がするのは俺だけか?」

額の汗を拭いながらの原田の言葉に永倉が苦笑した。

「わかってるんなら神谷にちょっかい出すんじゃねぇよ」

「そうだよ。あの二人の仲が良いのが一番平和なんだから」

続いた藤堂の言葉にその場の誰もが小さく頷いた。








「早く、早く、神谷さんっ!」

「待ってくださいってば、沖田先生!」

年が改まろうと変わらぬ自分たち。
それが嬉しくてセイの手を引く総司の足が速まる。

「何を食べましょうかね。まずはお団子かな。いやいや少し奮発して
 薯蕷饅頭ですかね。お汁粉も良いですねぇ。うん、全部行きましょう!」

「うぇっ? 全部なんて食べすぎですっ!」

「大丈夫大丈夫。原田さんのお財布が空になるまで食べましょう」

「沖田先生ってば・・・」

「さぁ、行きますよぉぉぉっ!」




春の草餅桜餅、夏の葛きり葛饅頭、秋の焼き芋お月見団子、冬のお汁粉酒饅頭
甘い幸せの風景に、必ずこの子が傍にいた。
きっとそれはこれからも。
ずっとずっと続くだろう。

「今年も一緒にたくさん甘味をいただきましょうね」

貴女と共に・・・。



2009.01.06.〜02.07.