〜〜〜 風をつかまえて 〜〜〜



総司がふいに思いついたようにセイを夏祭りに誘った。
団子や餅菓子、子供向けの飴湯などをキラキラとした瞳で見ていた総司を
微笑ましげにも呆れ交じりにも眺めやっていたセイの視線の隅を何かがかすめ、
足が止まった。

幾つも並んでいる屋台の群れの中に、ひときわ華やかな色彩がある。

「かざぐるま・・・」

ポツリと落ちた呟きを聞きつけた総司がにっこり笑ってセイの手を引いた。

「神谷さんには赤いのを。私は青いのを。一本ずつ、ね」

「赤なんて!」

途端に膨れるセイの頬を突いて総司が笑う。

「いいじゃないですか、たまにはそういう色も。子供の玩具なんですから
 あまりムキになるものじゃありません」

そう笑われればセイもそれ以上反論できなくなり、小さく膨れたまま
赤い風車を受け取った。


一通りの出店で相変わらずの食欲を見せた総司がそろそろ満足した頃合を見計らって、
揃って屯所への帰り道を辿る。
背後に祭りの賑わいを聞きながらセイが手に持った風車をかざした。

――― くるくるくる

風を受けて軽やかに赤い円を描いて回る風車は夜の中でも楽しげだ。
それを見た総司も自分の風車を目の前にかざした。

「あれ?」

ピクリとも動かない。

「変ですねぇ・・・」

「回りませんか?」

風を受ける方向を変えたり羽を弄ってみたりと忙しなくする男から
セイが風車を受け取り、前へ向けてかざした途端。

――― くるくるくる

勢い良く青い羽が回りだした。

「へぇ・・・やっぱり子供の玩具だから・・・」

総司が口にしかけた言葉の続きはセイの一睨みと共に夜気の中に消えていった。


――― くるくるくる

セイの両手の中で赤と青の円が描かれる。
微かな音色をカラカラと響かせながら、夏の夜に涼やかな風情を添えている。


「神谷さんは風を捕まえるのが上手ですねぇ」

感心したような総司の言葉にセイがビクリと振り返った。

「え?」

突然のその態度に総司が目を瞬いている。

「風を・・・捕まえる?」

繰り返されたセイの言葉に何かを察したように総司が微笑んだ。

「ええ。貴女は風を捕まえるのがとても上手です。貴女に望まれたら風は拒めない。
 貴女の呼ぶ声には、きっと応える。・・・私はそう思いますよ」

固まったままだったセイの面に、月の光も弾くほどの眩しい笑みが煌いた。
同時に吹きつけてきた風に風車の回転が勢いを増した。


(ああ、ほら・・・)

総司の目が柔らかに細められた。

(そんな貴女に風は触れたくて仕方がないんです)



くるくる回る風車をひとつ、セイの手から取り戻した男が空いた手を優しく取った。
そっと繋がれた手の平から伝わる穏やかな熱。

セイの手の中では風車がカラカラと回り続けていた。


                                         2009.07.01.〜08.12.