〜〜〜 千々にものこそ 〜〜〜



「おお、花嫁行列かぁ」

「京に出てきて初めて見たが・・・」

「ああ、さすがに京の嫁御寮は別嬪だなぁ」


巡察の途中で見かけた行列は、夕暮れの中をしずしずと歩を進めてくると
セイたちの目の前で動きを止めた。
一目なりと嫁御寮の姿を拝もうとする近所の者達が集っている中を
いかつい巡察隊が通り抜けるのは興醒めだろうと総司が皆の足を止めさせた。

本来の嫁入り作法では花嫁は夫側が差し向けた駕籠、もしくは輿に乗ったまま
婚家の中まで入り、その家の者に引き渡される。
だから嫁入りを『輿入れ』とも呼ぶのだが、小さな商家や町家ではそれは不可能だ。
この家も主人の心づくしで駕籠を用意したのだろうが、それでも家の中まで
入る事はできず、嫁御寮は戸口の前で駕籠から降りた。

――― ほう・・・

周囲から溜息が漏れた。

十五、六の嫁御寮はまだあどけない頬を微かに染めている。
俯き加減でも人形のような可愛らしさは充分に見て取れた。

「へぇ・・・御所人形のような・・・」

「いやぁ、花婿は果報者やなぁ」

近所の人々が口々に誉めそやすのに小さく会釈をして、
花嫁一行は家の中へと吸い込まれていった。



「なんだかさっきの嫁御寮、神谷に似てなかったか?」

集っていた人々が三々五々散り出すのを契機に、再び隊列を組んで歩み出した
隊士達の中からそんな声が聞こえてきた。

「おお、俺もそう思って見てたぜ」

「小さな口とか黒目がちな大きな眼とかな」

「そうそう、きっと神谷も似合うだろうなぁ・・・」

――― ちゃき

ぼそぼそと交わされる声の中に硬質な音が鮮明に響いた。

「・・・それ以上、ふざけた事をおっしゃいますか?」

怒りを押し殺した声音は寸前まで話題になっていた人物のものだ。
日頃元気すぎるほどに元気なだけに、感情を抑えた声音がより強い怒りを伝える。

「わ、悪かったって!」

「冗談だよ、冗談っ!」

「おお、当然だ。冗談に決まっているだろうがっ!!」

「なぁっ!!」

「神谷が女装したって陰間にしか見えないって」

「似合わない、似合わないっ!」

「なぁっ!!」

「だいたい女子ってのは、もうちょっと可愛いもんだし」

「そうそう。優しくて守ってやりたいような可愛らしさがあるよなっ」

「なぁっ!!」

慌てて口々にかけられる言葉にもセイの眉間に刻まれた皺は消えず、
周囲から不安げな視線が向けられる。
それでも切った鯉口を納めた様子を見て取った男達が小さな溜息を吐き出した。

「皆さん、巡察中ですよ。私語は控えるように」

黙って先頭を歩んでいた総司が厳しい声を投げると、ようやく隊士達の間に
いつもの緊張感が戻って来た。
それを確認した総司が目を向けた先では憮然とした面持ちでセイが前を睨んでいる。
一番隊組長が、くすり、と小さな笑みを零した。




夜更けに屯所へと戻った面々は、すぐに布団へと転がり込む。
健やかな男達が高いびきを響かせる中、総司の隣の布団は空いたままだった。

予想していた事だとばかりに立ち上がった男が裏庭へ向かうと、
まもなく夜明けを迎える薄明かりの中に小さな影が佇んでいた。

「神谷さん」

かけられた声に華奢な肩が微かに揺れた。

「ちゃんと休まないと疲れが取れませんよ?」

振り返らないのではなく振り返れないのだと承知の男が苦笑する。


――― ばふっ!

小柄な身体に圧し掛かるように背後から抱え込んだ男の腕が、
セイの両瞼に押しつけられた。

「沖田先生っ、何をっ!」

「花嫁さん、綺麗でしたねぇ」

「・・・・・・・・・・・」

総司の腕の中から逃れようとしていた身体の動きが止まった。

「神谷さんも着てみたくなっちゃいましたか?」

「そんなはず、ありませんっ!」

全身を強張らせて否定するのは、それを言質として隊を出される不安からだろうか。
困ったように総司が微笑んだ。

「そうですよね、神谷さんは武士ですものね」

「そ、ですっ!」

「でも可愛いですけどね」

「っ! 何を!」

「だって私の可愛い弟子じゃないですか」

「・・・・・・・・・」

「可愛い弟子なんですよ。神谷さんは、可愛い。私には、とても可愛い人ですよ」

押し当てている腕の布地にじんわりと水気が伝わってきた。



花嫁衣装を纏った同年代の娘の姿を眼にして、セイが何を感じたのかはわからない。
羨ましいと思ったのか、それとも未来の自分を一瞬なりとも夢見たのか、
総司には計り知れない感情だ。

けれど今のこの子が武士であり続けようとする事は理解しているから、
何が心を過ぎろうと寸時の間だとわかっていた。
ただ、それでも細波の立った心に続けて投げられた仲間達の言葉が
幾つもの小さな棘となって刺さっただろう事は察し取れた。
たとえ悪意の無い言葉であれ、あの時のセイにとっては切なかったのではないだろうか。

今のこの子が女子に戻る気は無くとも、女子の自分を全て否定されれば
悲しい気持ちにもなるだろう。
そして整理しようの無い感情を抱え、この場所にぽつりと佇んでいた。
まだまだ成長途中の少女は自分の心一つ、扱いきれなくて当然なのだから。


「もう少ししたら夜が明けます。その前に部屋へと戻りましょうね」

腕の中でコクリと首が上下した。

抱き込む力を少し強めた男が明けゆく空を見上げる。
袖に沁み込む雫が尽きた頃には、晴れ渡った青空が広がっていることだろう。



2009.11.27.〜2010.01.21.