〜〜〜 足音 〜〜〜
( パタパタパタ )
今日も忙しいんでしょうかね。
気が急いているのが私にまで伝わってきますよ?
いつもの事ですけど、本当に働き者ですねぇ。
( ダンダンダンッ )
くすくす。
これはまた、随分と機嫌を損ねているようで。
土方さんと口喧嘩をしたのか、原田さん達にからかわれたのか。
いつも真っ直ぐ受け止めて反応するから構われてしまうって気づくのはいつでしょうね。
( スタスタスタ )
おや?
静かなわりに足早で、隊に何かありましたか?
ああ、斎藤さんを呼んでいるって事は土方さんあたりの呼び出しですね。
だから先ほどは緊張感が漂っていたんですか。
( ソロリソロリソロリ )
こらこら。
こっそり抜け出して夜中の鍛錬ですか?
確かに最近は雑務に追われて道場での稽古の時間が削られてますけど、
きちんと身体を休めなければ、いざという時に不覚を取ると言ったでしょう?
夜は休むものですよ。さぁ、ほら。
( トントントンッ )
跳ねるような、踊るような軽やかさに、私まで笑みが浮かんでしまいます。
何か良い事がありましたか?
頬を紅潮させて嬉しげな様子まで見えるような気がしますよ?
懐に抱えてるどんな吉報を私に披露してくれるんですかね。
何人もの仲間の中から、あの人の足音を聞き分けられるようになったのは
割と早い時期だったように思う。
気づいた時には足音だけで感情や表情までもが伝わるようになっていた。
不思議なようでもあり。
必然のようでもあり。
足音だけで識別できるのは近藤先生や土方さんも同じ。
でも、感情までは読み取れない。
どうしてあの人だけはわかるのだろうかと時折首を傾げてしまうけれど、
そんな事を考えているうちに聞こえてくる音に意識が向いてしまうから。
( ポトポトポト )
眉尻を下げ肩を落とした姿が瞼裏に浮かんで苦笑した。
何か失敗をして土方さんに叱られましたか?
稽古で誰かに酷く打ちのめされましたか?
元気の無い貴女なんて貴女らしくないでしょう?
眦に浮かんだ涙は見ない振りをしてあげます。
いつものように縁側でのんびり日差しを浴びていた体を起こし、
ゆるゆると近づいてくる足音の主を待つ。
そして、いつものように声をかけた。
「神谷さん! 甘味を食べに行きましょう!」
俯いた顔を上げさせて。
「沖田先生は、私の顔を見れば甘味甘味って!」
「だって貴女以外に付き合ってくれる人がいないんですから。ね、いいでしょう?」
甘え混じりに口にすれば困ったような笑みが返る。
「もうっ・・・。仕方がないですねぇ」
ええ、仕方がないんですよ。
私には他に貴女を笑顔にする術がわからないんですから。
それでも貴女の笑顔が見たいから。
「まずは鍵善で葛きりを十杯! それから・・・」
「え? ええっ?」
「お饅頭とお団子、どっちが良いです?」
「葛きりだけで充分ですっ!」
「神谷さんってば遠慮しなくて良いですよ〜。払いは私が持ちますからv」
「そういう事じゃなくって!」
引き攣った顔を見ながら笑みが零れる。
先ほどまでの憂いを忘れたその姿に安堵する。
お腹一杯甘味を食べて、動けなくなってから・・・話を聞いてあげますよ。
意地っ張りの貴女は中々素直に語らないでしょうからね。
「さあ、行きますよ!」
貴女の憂いを取り除くために。
元気な足音を取り戻すために。
(タタンッタタンッタタンッ)
小さな手を掴んで走り出す、二つの足音を軽やかに響かせて。
2010.03.18.〜05.29.