赤き瞳
自分の肌に唇を這わせ、離さぬとばかりに腰に腕を回して引き寄せる男の姿に
セイは涙が出そうになる。
生涯不犯を誓うのだと言っていた。
己がなすべき誠のために、身を縛る重石は持ちたくないのだと。
その男が今自分の身体に溺れようとしている。
縛られたくないと言っていた恋情ゆえに、セイを己に縛り付けるために。
そこまでしなくてはセイを信じられないという事なのか。
思いだけでは不安だと。
幾度、共にいると言葉にしようと、どこかで不安が付きまとっていたのだろうか。
身体を繋げなくては心の安寧を得られぬほどに。
「・・・・・・何を、考えているんですか?」
突然凍えた声と共に、ぐぃと顎を掴まれ視線を合わされる。
「やはり、不慣れな私では物足りませんか?」
自嘲を混めた言葉と共に胸の頂を強く摘まれる。
「っっっ!!」
どうにかセイは悲鳴を飲み込んだ。
直接的な強い刺激よりも、狂おしいほどの激情を隠そうともせずに
自分を見据えるその視線にこそ身体の芯に痺れが走ったのだ。
セイの柔らかな双丘に先程から憑かれたように刻んでいた己が所有印を
ひとつひとつ指で辿り、満足気に笑いを漏らす。
「この跡が残っている間は、貴女は私だけのものでいてくれるでしょう?」
言葉と同時にまたひとつ、強く吸い付いては跡を残す。
セイは唇を噛み締めて声を抑えるのに必死となる。
硬く実を結んだ先端を指先で嬲りながら、新しくつけた刻印に舌を這わせ
軽く歯を立てる。
このまま永遠に消えぬ跡となるように、強い呪を込めているのか。
総司の表情は劣情に流されている男とも思えぬほどの悲壮感さえ湛えている。
何がこの男をここまで追い詰めているのかがセイには判らない。
自分はいつも総司と共にあったはずだ。
今までも、そしてこれからも共にあると言い続けてきたはずだ。
柵を持つことを望まぬ男だと理解した上で、己が女子の部分は封じ、
ただ部下として弟子として弟分として、共に闘い続ける事を誓ってきた。
それが・・・今の総司は同志としてではなく、セイの中の女子の部分を求め、
女子の部分に対して不信感を隠そうとしない。
今まで一度としてこのようなこの男を見た事などなかった。
またひとつ新たな刻印を刻んだ総司に向かって、セイが必死に問いかける。
「せんせ・・・。な、ぜ?」
潤んだ瞳が切実な色を浮かべる。
どうしてこんな事をするのか。
何があったのかと。
その問いかけに総司は不快げに眉根を寄せた。
「・・・・・・貴女が、裏切ったからですよ・・・・・・」
深淵から吹き上がる瘴気のように、憎悪と悲哀を等分に含み
闇に染まりきった声音が落とされる。
信じられない言葉にセイが瞳を大きく見開いた。
「知らないと思ってましたか? 最近貴女が非番の度に出かけている先を。
さる大店の寮でしたね。離れに男と二人きりで・・・。締め切った部屋の中で
何をしていたんです?」
総司の視線は一瞬たりともセイの面から離れようとしない。
微かな動揺すら見逃さぬと、その表情が雄弁に語っている。
「里乃さんの家から女子姿で出て行く貴女を見た時はさすがに驚きましたよ。
けれど何か事情があるのかと・・・。まさか男と逢引する為とは
思いもしませんでした」
それは違うと、全て誤解だと口にしようとするセイだが、暗い総司の瞳に
呪縛されたように唇から声が出て行かない。
「始めはね・・・貴女に惚れた男が出来たのなら仕方がないと思った。
近藤先生や土方さんに事情を話して隊を離れさせ、女子として
その男の元に嫁せるように力を尽くしてあげようとね」
ふっと視線を逸らして総司は己のつけた刻印を見つめる。
「けれど・・・昨日、貴女が・・・」
思わず入った力によって総司の手の平に包まれていた柔らかな白き塊に
爪跡が残る。
「ぁっっっ!!」
セイの押し殺した悲鳴も聞こえず、総司の脳裏には昨日のセイの姿が甦る。
梔子色の振袖を纏い、娘然とした姿で里乃の家を出るセイは
日頃屯所で見せている生き生きとした表情ではなく、
どこか憂いを含んだ儚げな風情を漂わせていた。
そして何より総司を驚愕させたのは男とふたり居た部屋から出てきたセイの姿。
入っていった時と比べて、僅かに乱れた髪と衣。
ぎりりと総司の奥歯が耳障りな音を立てた。
「昨日は随分と可愛がってもらったのでしょうね・・・。若い娘の着乱れた姿
というのは、あまり褒められたものじゃありませんよ・・・」
あの姿を見た瞬間、それまで“セイの幸せのために”と思っていた全てが吹き飛んだ。
真っ赤に染まる視界の中で梔子色の袖が翻り、セイの後姿が遠ざかっていく。
身動きできぬ自分の中に渦巻いていたものは嫉妬。
ドロドロとした黒き触手が身の内から湧き出し、心と身体を取り込み、
食い荒らし、染めてゆく。
セイの幸せを望んでいた意識と乖離してゆく己が心を遠くから眺めた。
心を吹き抜ける冷たい風は愛弟子であり慈しんできた弟分を手放す寂しさだと
思っていた事が、全て自分に対する言い訳だったと嫌という程理解する。
幾重にも架け続けていた恋情に対する枷は、心に受けた大きな衝撃の前に
音も立てずに消滅したのだ。
もはやセイの幸せを祈る心などは要らぬ。
たとえ一時他の男の物になっていようとも、けして手放す事などせぬ。
誰かの色に染まっているなら、全て己が色に塗り替えれば良いだけの事。
柔らかな梔子色も桜色もセイにはそぐわぬ。
あの娘に相応しきは深紅。
血の緋。
全て己が染める色。
それ以外の色を認めるつもりなど無いのだ。
片手で目を覆った男が喉の奥から掠れた笑いを漏らした。
指の隙間から覗く瞳に浮かぶのは、恋情に飲み込まれた男の狂気のみ。
セイがコクリと喉を鳴らした。
「それでもね。許してあげますよ。貴女は私の大切な人なんですから。
その身を他の男に触れさせたとしても・・・」
総司の頬が奇妙に歪んだ笑みを載せた。
咄嗟に誤解だと叫ぼうとしたセイの唇を噛みつくようにして塞ぐ。
きつく閉じられた歯列を割って進入した総司が幾度も角度を変えては
深く深くセイの吐息を奪っていく。
何も聞きたくないと瞳で訴えながら、貪るようにセイの口腔を味わい続ける。
息継ぎがうまくできずにセイがすっかり身体の力を抜いたのを見計らって、
ようやく総司が唇を離した。
不意に総司の手の平がセイの叢を掠め、その奥にある秘裂にスルリと滑りこむ。
荒い呼吸を繰り返していたセイの身体がビクリと震えた。
反射的に閉じようとした足はいつの間にか間に差し込まれた
総司の片足に阻まれて、目的を達する事ができない。
「や、やだっ」
つつっと蕾に触れてそのまま奥城を目指そうとする指を押し止めようと
セイが腕を上げた。
けれど両手をひとくくりに押さえつけられ、再び口付けられると力が入らない。
くちゅり
淫靡と表現するしかない音に総司の目が細められ、同時にセイが首筋まで紅潮する。
「濡れてますね。惚れた男でなくても感じてしまうんですか、貴女は」
そんなはずが無いではないかと怒鳴りつけたくても、力の抜けた身では
乱れる吐息を押さえ、嬌声をこらえるのだけで精一杯だ。
セイの苦しげな様子を意にも介さず総司は指を差し入れる。
「あぁっ!」
自分だとて触れた事の無い場所に入り込んだ異物に、セイは思わず声を漏らした。
ぎちりと狭い奥城(おくつき)の壁は、総司の指の進入を阻むかのように締め付けてくる。
「まだキツイんですね。そんなに慣れていないのかな?」
入り口から少しずつ奥へ奥へと出し入れを繰り返しながら、その内壁を擦り上げ
指の滑りを確かめている。
「はっ・・・んっ・・・うぅんっ・・・」
抑えても抑えても漏れ出る声にセイの瞳に涙が滲んだ。
こんな形で総司に抱かれるなど耐えられない。
夫婦として結ばれる事はありえなくても、せめて思いが重なった状態で
愛しい男とひとつになりたいものを。
けれど乱れる呼吸と確かに感じ始めた快楽の靄が、セイの意識を鈍らせてゆく。
経験した事の無い感覚は、全てが初めての娘を翻弄する。
くちゅりくちゅりと音を立てていた指が唐突に引かれ、朦朧としていた
セイの意識が僅かに鮮明になった。
自分の腕を押さえていたはずの力が消えており、身体の上に圧し掛かっていた
重さも無くなっている。
(沖田先生?)
突然グイと開かれた両足に驚いたセイは、その間に蹲るように入り込んだ
総司の姿を信じられないものを見る目で見つめる。
男の視線はセイの秘められた場所を凝視しているのだ。
「なっ・・・なにっ」
それ以上の言葉を紡ぐ前にセイの秘所に手を伸ばした総司が
その秘裂を撫で上げる。
「はっ!」
上がりかけた悲鳴を飲み込んだセイを見る事もなく、
そのまま視線を動かそうともしない。
「ねぇ、神谷さん。やっぱりあなたは女子なんですねぇ・・・。
私とは全く違いますよ。ほら、こんな場所に蕾があって」
指先で軽く触れられただけで娘の全身に痺れが奔る。
「へぇ・・・ここって、そんなに良いんですか」
ビクリと身体を震わせたセイの反応に、楽しそうに幾度も蕾を撫で回す。
「んっ・・・あっ・・・」
最早押さえの効かない嬌声が唇を割って零れ続ける。
「ここに・・・花弁が・・・」
ぽつりと総司が呟いて蕾を嬲っていた指を下に滑らせた。
くちゅりと先程同様にセイが耳を塞ぎたくなる音が響く。
「花弁に守られて、こんなに蜜を隠しているんですね、貴女は」
指先だけを出し入れする男の息もすでに荒い。
「ここに受け入れて、抱き締めたんですか? あの男を・・・」
闇を宿した瞳がセイを真っ直ぐに見据える。
と同時にぐいと指が奥まで突き入れられた。
まるで遊びは終わりだという宣告のように。
肩にひっかけるように纏っていた衣をバサリと脱ぎ捨て、下帯も解き放った男が
華奢な娘に圧し掛かる。
両手を腰にかけ、一分の逃げも許さぬとばかりに一息に猛る楔を打ち込んだ。
「ああぁぁっ!!」
身を裂かれる痛みと総司の瞳の暗さが、それまでセイの喉に詰まり、その声を
せき止めていた驚愕や混乱、悲しみを悲鳴と共に押し流した。
激しく息を吐きながら一心に細い身体を貪っている男は、
けれど泣きそうな瞳のままで。
痛みに意識を持っていかれかけながら、セイは必死に総司の頬に手を伸ばした。
「ご・・・かい、ですっ」
身体を揺さぶられながらも、なんとか言葉を紡いでゆく。
セイを壊すかのように容赦のない責めを続けながら総司が言葉を遮ろうと
唇を寄せた。
けれどセイの手の平が頬を柔らかく撫で始めた事にその動きが止まる。
「私が好いている、のは・・・沖田せんせ、い・・・だけです」
はぁはぁと短く息を吐き出しながら言葉を続ける。
「あの人は、た・・・だの、知り合いで・・・何も、せんせいが・・・
思っているような事は、何も無いんです・・・」
信じられないとばかりに総司がセイの奥に楔を叩きつける。
「・・・はぁっ・・・あぁっ・・・」
乱暴としかいえないその動きに悲鳴を上げながらも、セイの手の平は
総司の頬を撫で続ける。
落ちる汗が涙に見えるのか。
見えぬ涙を拭おうというのか。
力任せにセイに打ち付けられていた総司の身体がビクリと震え、熱い衝動に
耐え切れずその熱を奥城の最も奥まった場所に吐き出した。
「うっ・・・」
小さな呻き声と同時にその動きをようやく止めた総司がセイの身体を抱き締める。
同時に嫉妬と独占欲に染められた意識が、徐々に正常な思考を取り戻していった。
この状態でこの娘が嘘を言える人間では無い事など、自分が一番わかっている。
何よりも最前セイの中に押し入った時にその身体が示した確かな抵抗が、
この人が誰の物にもなっていなかった事を示していたのではないか?
総司の頭が一気に冷えてゆき、同時に自分のしでかした事の重大さを認識する。
「あっ・・・そ・・・んな・・・」
自分の中で果てた男の瞳から狂気とも言える闇が消えていくのを
セイはじっと見つめていた。
同時にその瞳の中に後悔と自責が広がっていく事も。
怯えたように離れようとする熱い身体を抱き締める。
今二人の間に距離を作ってしまったら、何か取り返しのつかない事に
なるような気がしたのだ。
セイの胎内に己を止めたまま、その身を強く抱き締められて総司は困惑した。
嫉妬に狂っていた自分を自覚している以上、許されるはずもないと思ったのだ。
愛しい娘が自分を見限り、嫌悪の視線を向けると覚悟したものを。
「先日、松本法眼に父の墓参に行くから女子姿で共に来いと言われたんです。
普段は武士姿なのだろうから、自分が一緒の時ぐらい女子姿を見せてやれ、
と法眼に我侭を言われたものですから・・・」
唐突に語られるセイの言葉を総司は黙って聞いた。
「その時お寺であの人にお会いしました。松本法眼の知人で、先日病で亡くされた
妹さんのお墓参りにおいでだった呉服屋の若旦那です」
自分の肩口に顔を埋めたままの総司の耳元にセイが囁き続けた。
松本の患者だったその妹は、どこかセイに顔立ちが似ていたのだと言う。
供養の為に着物を誂えてその寺に奉納したいのだが、柄合わせに
手を貸してくれないかと頼まれた。
自分の家族の菩提寺で、松本の知り人に頼まれれば嫌とは言いにくい。
まして兄が亡くした妹を思っての事だと聞いたのなら尚の事。
結局断りきれずにそれから数度、非番の時にその店の寮に通った。
武士姿で行くわけにもいかないので、事情を説明して里乃に手を貸して貰った。
昨日もそこへと行ったのだ。
総司が後をつけているとも知らずに。
「昨日の帰りに髪が乱れていたのは完成した着物を試着した時、簪にひっかけて
しまったからです。着物が崩れ気味だったのは、着替えをした時に里乃さんが
してくれたように上手に着付けが出来なかったから・・・」
セイとて着物ぐらい一人で着られないはずがない。
けれど里乃の家で武士姿に戻ってから屯所へ帰る事を考えた時、
隊の門限が気になり多少着付けが甘くなってしまったのだ。
それが総司にいらぬ誤解をさせたのだろう。
「・・・・・・ふぅ・・・・・・」
セイが小さく溜息を落とした。
その瞬間、腕の中の男の身体がはっきりと強張った。
「・・・先生?」
顔を見せようとしない総司にセイが呼びかける。
「・・・・・・私は、許されない事を・・・した・・・・・・」
搾り出すような声が男の唇から零れた。
真実をセイに確かめる事もせず、勝手に誤解して疑い、悋気のままに狂った。
暴走した感情を制御する事などできなくて、挙句清らかだった娘に
取り返しのつかない傷をつけたのだ。
どう詫びれば良いのか、腹を切ったとて許されるとも思えない。
「貴女に・・・どう償えばいいのでしょうか・・・」
硬く眼を閉じたままで総司が呟いた。
「そうですね・・・私に何も聞かず、言わせず、こんな事をして・・・」
言葉の厳しさに反してセイの声音は柔らかい。
総司が驚いたように顔を上げた。
「でも・・・誰にも譲らないと、手放さないと。私が他の男を恋うのは裏切りだと
言ってくださったから・・・。それは私が先生のものであると思っていて
くださったという事でしょう? だったら何も償う必要なんて無いのです」
視線の先では取り返しのつかない傷をつけたはずの愛しい娘が微笑んでいる。
「私は先生のものなのですから、先生にされた事で傷ついたりなどしません。
唯一私が沖田先生を恨むとしたなら、それはお傍から無理に遠ざけられた
場合だけです。その時にはこの命、捨ててご覧にいれます」
口元には笑みを浮かべたままで、けれどその瞳だけは男の魂を貫く強さで輝いている。
この強さ激しさ、そしてそれと共存する情の深さ。
愚かな己を許し、そのしなやかで鮮やかな身と心の全てを与えると告げる娘。
共に修羅の道を歩くと誓う愛しき女子。
自分には不相応としか思えないその全てが、この腕の中にある。
総司の身体に新たな熱が走り抜けた。
「では・・・」
ようやく男の瞳から完全に影が消えた。
「改めて貴女をいただきます。永久に私のものとするために」
セイの体内に留まっていた男の楔が力を取り戻す。
「そして私の剣を納める鞘は、この場所だけだと誓いましょう」
一度軽く引かれた楔が新たにセイの奥へと突きこまれた。
「・・・ああっ!」
未だ快楽よりも痛みの勝るその場所に与えられた刺激にセイが悲鳴を上げる。
けれど総司の背に回された腕が力を緩める事は無かった。
この場所を一歩踏み出せば、そこに待つのは血に染まった道でしかない。
共に在る為には常の男女の幸せなど望めはしない。
その定めを承知で誓いの契りは続けられる。
灼熱の恋情が一時だけ解き放たれ、確かな熱を互いの内に刻み込んだ。