不審な男達が集っていると監察方から報告が入り、
一番隊に出動命令が出たのは夜も更けきった頃だった。

「急いでください。けれど装備は確実に」

寝入りばなを叩き起こされてぼんやりしていた男達は、
出動と聞いた途端に眠りの残滓を振り払う。
行灯の灯りの中で慌しく準備が整えられ、早々に屯所を飛び出していく一同には
緊張感はあっても恐れは無い。
先頭を走る男の背中に絶対の信頼を置いているからだ。


小さな社の境内に男達はいた。
灯り取りのためだろう焚き火を囲み、幾人かは酒に酔い
声高に何事かをがなり立てている。
薄汚れた風体は一見しただけで地方から出てきたばかりとわかる。
勤皇だ攘夷だと騒がしい昨今の風潮に、一旗上げようと京へと出てきたは良いが
定かな係累を持たない者には千年王都は優しくない。
つまるところは食い詰めた挙句、行き場の無い者達がたむろしているのだろう。

そう察した総司が無用に相手を刺激しないよう気遣いながら声をかけた。

「そこの方達、伺いたい事が・・・」

言葉の途中で抜き放たれた刃が幾本も総司へと向かってくる。
軽くその場を飛び退いた時には背後に従う隊士達も既に抜刀して散開している。
問答無用で斬りかかってくるところを見れば、日々の暮らしの糧を得るために
押し借りや強盗紛いの後ろ暗い事をしているのかもしれない。
男達の荒んだ瞳がそれを無言の内にも物語っていた。

となれば新選組のやるべき事はひとつだ。


「なるべく捕縛してください。神谷さんは・・・」

「やぁっ!」

総司の言葉より早く脇をすり抜けた小柄な隊士が、
気合と共に浪士達の中へと飛び込んだ。

「あっ、こらっ! 貴女は後ろにいなさいって・・・聞いてないんですから、もう」

周囲で交わされ始めた剣戟の音に紛れてセイの高い声が響く。
呆れ交じりの溜息を吐きながら未熟な隊士を助けようと総司が足を踏み出した時。

「っうえっ?」

淡い月光は足元の小石までは照らしてくれなかったらしく、それに躓いたセイが
奇妙な声と共に体勢を崩して片膝をついた。
それを好機と見て取った二人の浪士がギラリと眼を光らせ、
死出の引導を渡そうと競うように刀を大きく振りかぶった。
咄嗟に横へと転がったセイの脇へと重い音を立てて何かが降ってくる。
地に伏したままそちらへと目を向けると、寸前まで自分と相対していた浪士達が
背中を切り裂かれて倒れている。
男達の背にかかる影を辿ったセイの身体がびくりと震えた。


斬り合いの中で汗ばんだ身体を一瞬で骨の髄まで凍えさせたのは
冴え冴えと輝く三日月か
透徹とした光を放つ白刃か
冷ややかに周囲を圧する瞳の鋭さか。

セイの喉がコクリと鳴った。


「威勢が良いのは結構ですが、足元の確認は怠らない事です。
 貴女の無謀が仲間達の 障りになりかねないのだと肝に銘じなさい」

未だ息のある浪士達から視線を外さず告げられた言葉に、セイはただ頷いた。
音も無く下ろされた刃から月の欠片が滴り落ちる。

「この人たちをお願いします」

投げられた捕縛紐をセイは握り締めた。
その視界から、凍れる闘気を纏った背中が離れていった。



今宵も月は、地上の修羅たちを無言で見下ろしている。