ついに神谷さんが女子だと露見した。





      ジャンクション




 土方さんの部屋でポトガラを突きつけられたあの日。
 山南さんに守ってもらうことにしたはずの、二人だけの秘密。
 それを何故か土方さんが持っていた。

 一瞬頭が真っ白になった私は、土方さんに問い詰められるまま、うまく機転を利かせることも出来ずに神谷さんの正体を告白してしまった。
 土方さんは私が神谷さんを匿った理由を一通り聞いてくれた。
 そして長い長い話の後、松本法眼を呼び出した。
 神谷さんを如心遷だと診断したのは法眼だからだ。

 夜遅くなってからやって来た法眼は、土方さんと私を目の前にしてからからと笑った。
 バレたか、と。
 土方さんは苦い顔で法眼を問い詰めたが、当の本人は全く馬耳東風で。
 ずっと新選組を、近藤先生を、土方さんを、同志の皆を謀ってきた後ろめたさに背中を丸める私に対し、法眼は襟を正して観念しろと言った。
 私は土方さんに厳しく睨まれ、法眼には半ば冷やかしの目で見られて、どうすることもできなかった。


 かなり夜が更けてから隊士部屋に戻った。
 神谷さんは布団に潜り、すでに眠っていた。
 上掛けを少しだけめくって彼女の顔を見た。
 安らかな寝顔。何を夢見ているのか、口元に浮かぶ笑み。
 額からこぼれる前髪をそっと指で掻き揚げれば、現れるのは長い睫毛に縁取られた瞼。

 この娘が隊を抜けて、女子として幸せに暮らす事を何度願った事だろう。
 いっそどこからか露見して、不可抗力という形で脱隊してくれたらとも。
 しかし、いつの間にかそれを望まなくなってきたのは、他でもないこの私だ。
 手放したくない。手放せない。でも彼女には幸せになって欲しい。
 全く逆の方向へと引っ張っていく感情に目を背けるように隊務に明け暮れた。

 だが、それももう終わる。
 やっと終わりを告げるのだ。





 翌日、私と神谷さんは土方さんの部屋へ呼ばれた。
 いつもは嬉々として土方さんの部屋に入って行くのにこの時ばかりは表情を曇らせている私の顔を見て、何も知らない神谷さんは、どこかお加減でもと声をかけてくれた。
 余程ひどい顔をしていたのだろう。
 けれども私は彼女に答える言葉を思いつく事が出来ない。
 ここまで必死に頑張ってきた彼女に対して申し訳ない気持ちと、ポトガラのことは誰にも内緒にしますという約束を破ってしまった疚しさと、これから土方さんが私たちをどうするつもりなのかへの不安で頭が一杯だった。

 土方さんは腕を組み、夕べと同様険しい顔つきで座っていた。
 私と神谷さんはその前に正座した。

 しばらくの沈黙の後、緊張しきった空気をゆっくりとかき混ぜたのは土方さんだった。
 まず初めにポトガラを神谷さんの前に示し、それを見て動揺した神谷さんを宥めるように落ち着いた口調で話し始めた。

 山南さんのお墓の横を掘ったらこのポトガラが出てきたこと。
 昨日私を問い詰めて洗いざらいを白状させたこと。
 松本法眼を呼んでさらに事実を確認したこと。
 そうした経緯をもって今日、神谷さんと私をこうして呼びつけたこと。

 土方さんが話し終わった。
 神谷さんの方を向くと、真っ青な顔で、汗をたらして、肩を震わせていた。

 土方さんは、今は広島に出張していていない近藤先生が戻り次第、私と神谷さんの処遇を決める事と、それまで私は今までどおり一番隊を率いて隊務に当たり、神谷さんは土方さん付きとして仕事をすることを言いつけて場をお開きにした。
 神谷さんは隊士部屋に戻ると、行李に荷物を詰めて土方さんの部屋へと戻っていった。
 戻る前に一言、今までお世話になりましたとだけ言って、頭を小さく下げた。
 私は、彼女に何も言ってやれなかった。




 近藤先生が戻ってきた。
 心から尊敬する師の無事なお戻りに喜んだ私だったけれども、その後のことを考えると憂鬱な気持ちにならざるを得なかった。
 土方さんは剣を交えるという荒々しい手段で近藤先生の無事を確かめていた。

 その日の夜、広島行きの顛末を近藤先生のお部屋で聞かせていただいた。
 難しいことは元々よくわからないけれど、この時よくわからなかったのはそれだけのせいじゃない。

 先生のお話が終わった後、土方さんが徐に口を開いた。
 土方さんは神谷さんを呼び出して、私の横に座らせた。
 そしてまたポトガラを出して、神谷さんが実は女子だったことや露見するに至った道筋を近藤先生に説明した。

 近藤先生も初めの方は驚いていたが、土方さんの話を聞いているうちに段々と普段の落ち着いた様子になっていった。
 土方さんの説明が終わり、私と神谷さんの釈明の番になった。
 私は神谷さんがここまで隊に居続けたのは私が追い出せなかったからだと言い、神谷さんは沖田先生は悪くない、悪いのは事あるごとに食い下がってきた自分ですと言って私をかばった。

 互いが互いをかばう平行線のまま押し問答は続き、その間近藤先生は顎に手をやって考え込み、黙っていた。
 私と神谷さんが言い尽くしたところで、近藤先生は羽織の裾を翻して座り直した。

 神谷君・・・は、どう考えているのだね、と近藤先生は質問した。
 長年、同志を欺いてきた罪は切腹に値すると思います、どうか神谷清三郎に武士としての死をお与えください、神谷さんはそう答えた。

 きっと、神谷さんはそう言うだろうと思っていた。
 武士としてここまで生きてきたのだ。だからきっと、武士として消え去る事を願うだろうと。

 そして、神谷さんがそう望むなら、私も運命を共にしようとも。


 近藤先生はゆっくりと立ち上がり、神谷清三郎、同志を謀ってきた罪で切腹を申し付ける、介錯は私が引き受ける、但し、女子の身として恥を掻かせるつもりは無いので、襖の方を向いて腹を切るがいい、とおっしゃった。

 私は自分が介錯を務めるつもりだったので腰を浮かせたが、土方さんに制されてしまった。


 私たちに背を向け、襖と相対する格好で神谷さんは座った。
 着物の前を開き、両肩を抜く。
 鎖帷子を着込んだ白い肩が剥き出しになり、腰の辺りに布がはらりと崩れ落ちた。

 刀が抜かれ、銀色の刀身が冷たく光を放つ。
 近藤先生も抜刀し、神谷さんの斜め後ろに立った。

 局長、副長、沖田先生、お世話になりましたと、こちらを振り向くことなく、しっかりした声で神谷さんは告げた。

 私もすぐに側へと行きますから、と私は心の中で呟き、拳を固めた。
 神谷さんが剣の切っ先を己の方に向け、


 突き立てる前に、近藤先生の剣が煌いた。



 近藤先生の刀は神谷さんの頭の後ろをかすめ、畳すれすれまで振り下ろされていた。
 元結だけが斬られ、彼女の長い黒髪が肩に滑り落ちる。
 斬られた紙縒りが畳に小さな音を立てて影を作った。

 神谷さんは肩に自分の髪が掛かる感触を得て呆然としていた。
 土方さんを見ると、何もかも見通したような目で先生と神谷さんを見ていた。
 先生は素早くご自分の刀を鞘に納め、神谷さんの手から彼女の刀を取り上げた。

 今、神谷清三郎を断罪した、と近藤先生は言い、神谷さんの刀も鞘に収めると、先生は彼女の着物を引き上げてそっと肩にかけた。

 そして、これからは女子として生きなさい、おセイさんと静かな声で告げた。

 近藤先生と視線を合わせた神谷さんの目から、みるみるうちに涙が溢れてきた。
 何も言わなくていい、今まで本当によくやってくれた、受け入れなさいと近藤先生は笑顔で言った。
 神谷さんはしゃくりあげながら、ただただ頷いた。何度も、何度も。




 梅の花が咲く頃、私たちは祝言を挙げた。
 私も神谷さんも当然拒否したが、土方さんと法眼が、それだけ想い合ってて夫婦にならないというのはどういう了見だとか、見てるこっちが恥ずかしいだとかわけのわからない理屈を並べ立てて、私たちが所帯を持つことをとんとんと進めてしまった。

 祝言の直前にやっと隊内に神谷さんが女子である事を公表した。
 少し伸びてきた月代を布で隠して皆の前に立ち、近藤先生と土方さんの前置きの後に自ら女子である事を告白し、今まで黙っていた事を謝罪した。

 多かれ少なかれ皆の間には動揺が走ったようだが(多かれ少なかれどころじゃねぇ、と後で土方さんに怒られたけど)、おおむね納得してくれたようだ。
 斎藤さんはすごく落ち込んでいた。俺の勘に根拠はないが理由は後からついてくる、それを信じるべきだったとか何とかぶつぶつ言っていた。
 伊東さんももちろん驚いていたけれど、以前例えた龍の口落城記の清三郎は、余りの美貌ゆえに女性となって生まれ変わったに違いないとか何とかよくわからないことを言っていた。
 一番驚いていたのは中村さんで、やっぱり俺の直感どおり女子だったんだなとふんぞり返っていたけれど、私と神谷さんが夫婦になると聞いた瞬間、地面にめり込むんじゃないかと思うくらいしょげていた。


 祝言は「角屋」さんを借り切って行われた。
 隊士全員と、今まで私たちがお世話になった人たちを残らず招いて賑やかな宴となった。
 近藤先生は神谷さんに幸せになるように何度も言い、土方さんは私が衆道じゃなかっただけでもめっけもんだとか失礼なことを言った。
 法眼は嬉しさの余り酔いすぎて、私と神谷さんに散々からんだ挙句、隣の部屋で眠ってしまった。
 お里さんは、ほんによかったなぁおセイちゃん、ほんによかったと泣きながら神谷さんの手を握り、逆に神谷さんにもう泣かないでと宥められていた。
 試衛館の面々は当然のように冷やかし、特に原田さんは夫婦のことに関してはセンパイだからな、何でも聞けよとニヤニヤしながら肩を組んできた。



 朝まで続いた華燭の宴も終わり、それぞれ屯所や妾宅に戻っていった。
 私は近藤先生のお計らいで三日ほど休みをもらい、神谷さんと新居で過ごすことにした。
 本当はすぐ隊務に就きたかったけれど、誰もが反対したから半ば仕方なくそうすることにした。
 土方さんは呆れた顔で、仕方なくなんて絶対神谷に言うなよ、と私に言ってきた。

 「何だか・・・あっという間でしたね」
 「そうですねぇ、・・・あつっ」
 「淹れたてですから気をつけてくださいよ先生」

 「・・・あの、もう夫婦なんだし、先生はやめませんか神谷さん」
 「先生こそ神谷さんって何ですか」
 「だって神谷さんは神谷さんだし」
 「じゃあ私も沖田先生は沖田先生だし」

 「・・・・・・」
 「・・・・・・」

 「じゃあどう呼んだらいいんです?」
 「えっ」
 「神谷さんのこと、どう呼んだらいいですか?」
 「えええ、えっと・・・」
 「教えてくれたら、そう呼んであげます」

 「せ、先生はどう呼んだらいいんですか?」
 「・・・私のことをですか?」
 「はい」
 「それは神谷さんが答えてからです」
 「ず、ずるいですよ!」
 「ずるくありませんよ。順番です」

 「・・・」
 「どうしました?」
 「やっぱりずるいです」
 「そうですか?」
 「先生の莫迦」





 あの時、ポトガラを撮らなかった道もある。


 あの時、うまく言い訳できた道もある。


 いや、もしかすると、



 あの日、



    


 桜の木の下で出会ったことすらも、たくさんある道のうちの一本だったかもしれない。





 そこかしこに点在する、運命の分岐。

 私と神谷さんは今、夫婦の契りを結ぶという分岐に入った。













久遠の空様の弐萬打感謝記念企画に海辻がリクエストをした
“幕末総セイ@激甘”作品を奈鳩様にいただきましたv

普段サラリとキレの良い作品を書かれる奈鳩さんに「甘いのを書いて」と
我侭を言いましたら「いつか誰かに言われると思いました」と
笑って書いてくださいました。
ご本人は「これで甘いかな?」と首を傾げておいででしたが、
甘いじゃないですかっ!!

発覚後、寝ているセイちゃんの顔を覗き込む様子とか、
セイちゃんが切腹したら後を追う気満々のところとかっ!
もうもう頬が緩みっぱなしでした。

そして祝言後の会話。
セイちゃんを上目遣いで見る総司の表情が目に浮かびました。
うわ〜ん、可愛いよ〜。

相変わらず近藤局長好き好きな奈鳩さんらしく、局長が美味しい役どころですし、
とてもとても楽しませていただきました。

奈鳩さん、有難うございました。
これからも宜しくお願いしますね♪