九月蚊帳  

               〜1000打御礼フリー小説〜



 八月も下旬に入ったある日、神谷清三郎こと富永セイは蚊帳の修繕をしていた。

「ねぇ、神谷さん。そんなに丁寧にしなくてもいいんじゃないですか?別に蚊が入ってこなければいいんですから。」

 先程からセイの仕事ぶりを眺めていた総司がセイにちょっかいを出し始めた。

「そういうわけには参りません!古道具屋で買ってきたとはいえ、こんな綺麗な刺繍が入った蚊帳なんですよ!どうせならきちんとした方がいいじゃないですか!」

 手を休めずセイが総司を叱る。いつもならもう少し優しくあしらうのに珍しいことである。ちなみにセイが修繕している蚊帳は、素人の手ではあるが秋草の刺繍が施されたものだった。多分以前の持ち主が一針一針気持ちをこめてこしらえたものであろう。

「それにですね、短気を起こして、たかが蚊を大刀でぶった切ろうとして蚊帳まで真っ二つにしてしまった御仁はどこのどなたでしょうね!」

「・・・・わたしです。しかもその蚊を入れたのも私でした。」

「わかっていればよろしい!」

 セイの機嫌が悪い原因はそこであった。三日前の晩、総司が蚊帳の中に入ってきた時に偶然一匹の蚊が紛れ込んできた。紙燭で蚊を焼こうとしたセイを止めおもむろに大刀で蚊を切ろうとしたのだが、酒も入っていたせいもあり、ものの見事に蚊と一緒に蚊帳まで切ってしまったのである。 しょぼくれた総司を横目に、セイは再び蚊帳の修繕に集中した。綺麗な見た目でもやはり古道具屋にあったものである。ところどころ小さな穴が空いており、昨日の夜は蚊の襲来に悩まされた。今年の蚊は特に多く、仲秋になったにもかかわらず、一向にいなくなる気配もない。蚊帳はまだ暫くは必需品なのだ。

「このままだと、それこそ九月蚊帳の雁の絵までつけなきゃならなくなりそう。」

 手を休めずにセイが呟く。

「確かにこの蚊の多さですからね。でも、それは紙で貼り付けてもいいんでしょ?」

「どうして沖田先生は風流というものを解さないんですか!」

「風流は甘くも、お腹がいっぱいになるわけでもありませんからね。」

 どうやら総司は小腹が減っているらしい。

「ねぇ〜かみやさ〜ん、修繕は後にして一緒に上七軒の「近江屋」さんにいきましょうよ〜。美味しい新作のお饅頭がでたんですよ〜。」

 本当にこの男が泣く子も黙る新選組一番隊組長沖田総司なのだろうか。知らない人間が見たらそうとは思えないようなだだのこね方である。

「・・・判りました。」

 セイの手が止まる。総司の目がきらきらと輝く。

「じゃあ、一緒に・・・。」

「沖田先生!上七軒までそのお饅頭買ってきてください!邪魔です!!」

 とうとうセイの雷が落ちた。それもそうだろう。セイが今行っている仕事は全て原因は総司にあるのだ。それを邪魔すれば怒るのも仕方がないだろう。蛇足ながら蚊帳には雷除けの効果があると信じられていた。蚊帳を斬ってしまった総司にはそのご利益は期待できそうもない。

「・・・はい、わかりました。」

 さすがにこれはまずいと思ったのか、総司は素直にセイに従い、饅頭を買いに出かけたのだった。





「ふう、やっと終わった。」

 八つ時もすぎてやっと蚊帳の修繕が終わった。小さな穴が空いていた処には、新しくトンボの刺繍が施されている。トンボは勝虫と言われ、武士に好まれる模様であるのと同時に、蚊を食べてくれる益虫である。

「神谷さん、お疲れ様でした。はい、近江屋さんのお饅頭v」

 いつの間にか買い物から帰ってきた総司は、セイにお茶と饅頭を差し出した。

「ありがとうございます。これで今日から蚊に悩まされずにゆっくり眠れますよ。」

 お茶と饅頭を受け取りながらセイは総司に言った。

「先生、この頃睡眠不足のようでしたから。」

「ええ、まあ・・・。」

 総司は茶をすすりながら適当に相槌を打つ。

(寝不足の原因は違うところにあるんですけどねぇ。) 

 そうは思ったが黙っていた。こんなことを言ってしまったらまたセイが怒るだろう。

(ま、そのうち寝不足の理由はゆっくり教えれば良いですかね。)

 秋の柔らかくなりつつある日差しの中、そんなことを総司が思っているとも知らず、セイは蚊帳の修繕の達成を素直に喜んでいたのだった。







《あとがき》
 1000打突破しました!こんな駄サイトに来てくださった皆様、ありがとうございます
m(_ _)m
と、いうことでサイト開設&1000打記念のフリー小説です。(ホントは開設記念だけのつもりだったんですけど、こんな早く1000打越えると思っていなかったので。(汗)ドンくさい管理人ですみません。)背景は素材サイト《十五夜》さまからお借りしたものなので、文章だけお持ち帰りくださいませ。(というか、文章のコピペしかできないよ〜右クリックしてもこのページ。HP初心者なので訳わかっていません。ただいま勉強中のたわけ者のやることだと思って大目に見てやってください。)

そして、この話の続きは3000打記念に”裏”に書かせていただきますv裏好きの皆様、お楽しみに♪


《参考文献》
 『江戸の歳時風俗誌』 小野武雄著  講談社学術文庫 2002年1月10日発行

 『大江戸ものしり図鑑』花咲一男監修 主婦と生活社  2000年1月24日発行






うみのすけさんコレクション、その2です。
まだまだ増やす気満々。
だだをコネまくる総司や、セイちゃんの雷に抵抗出来ない総司が大好きですv
そしてこの続きの作品が表と裏に1点ずつ、
うみのすけさんのお宅にはございます。
是非に行かれて堪能してきてくださいませ♪

うみさま、ありがとうございました(礼)