燗酒五部作 其の弐〜上燗

(元旦 総司&セイ)



「・・・沖田先生、今日が何日かお解りですよね?」

あからさまな怒気を含んだセイの声。
その顔は笑顔であるが額には青筋が立っている。

「ええ。正月元旦、目出度いじゃないですか。」

そんなセイの様子にはお構いなく総司は手にした茶碗を口に近付ける。

「そうです!正月早々お屠蘇じゃなくて甘酒飲むなんて!」

「だって、あれ薬臭くて不味いじゃないですか。」

「仕方ないでしょうがっ!」

ばん!とセイは床に強く手を突く。
そもそも甘酒は夏の飲み物ではないか。
そんなものを新年早々屠蘇代りに飲むなんて。
そんなセイの胸の内を知ってか知らずか
総司は上燗に温めた甘酒をいとも美味しそうに飲んでいる。
そんな二人の許へ斎藤一がやってきた。

「どうした、神谷。また沖田さんが何かやらかしたか?」

「斎藤先生、聞いてくださいよ〜沖田先生ったら・・・・・。」

セイが斎藤に訴えようとする前に
斎藤は総司の手許を覗き込み、眉を顰める。

「新年早々甘酒はないんじゃないか?」

「でも、これも若水で作ってるお正月用の甘酒ですよ。」

「はぁ?いつの間に若水をくすねたんですか!沖田先生!!」

セイの眦がさらにつり上がる。
若水とは新年最初に家の主が井戸から汲む水の事である。
江戸では若水を甲州梅、大豆、山椒を入れて煮た《福茶》の形で
決まった日に飲むのが一般的なのだが
大方近藤に言い寄って甘酒に使う分の若水をくすねたに違いない。

「神谷、こいつの童並みの味覚に屠蘇は理解できんのだろう。
せっかくの縁起物、余らせるのも忍びないから俺が飲もうか。」  

斎藤の提案にセイは素直に頷き、屠蘇が入った盃を斎藤に渡した。
斎藤は躊躇う事もなく盃を空け、ふと怪訝な顔をする。

「・・・・ん?おい、神谷?これはあんたが調合したのか?」

斎藤のその言葉に総司がぴくり、と反応する。

「はい。沖田先生が新選組特製のお屠蘇では飲んでくださらないので。
父が生きていた頃は患者さん用にお譲りする分も調合していたので
少しは自信が・・・・・。」

「神谷さん!そんな事一言も言ってくれなかったじゃないですか!」

急に総司が大声を出し、セイはびっくりする。

「てっきり土方さんが調合したものだと思っていたから避けてましたけど
神谷さんが調合してくれたものなら頂戴するに決まっているじゃないですか!」

そう、新選組では局長自らが若水を汲み、屠蘇は副長自らが作るのである。
普通の屠蘇は山椒、防風、肉桂、桔梗、白朮などを入れるのだが
土方特製屠蘇は千振が入っている分普通のものより苦みが強く、
一度飲んだものはできうる限り避けて通る。
酒飲みが多い新選組の酒の消費量を少なくするための手段であったが
おかげで正月の屠蘇の消費量は格段に少なくなっている。
あの伊東でさえ土方特製の屠蘇は避ける程なのだ。
そのようなものを総司が進んで手をつける訳がない。

「斎藤さん、そのお屠蘇こちらに下さいよ。」

「ああ、構わんがすでに空だぞ。」

勝ち誇ったように斎藤は総司に空の盃を見せつける。

「神谷さ〜ん・・・。」

訴えるような眼で総司はセイにすり寄るが
セイの口から出た言葉はあまりにも非情なものであった。

「残念ながら斎藤先生が飲まれた分で最後です。
副長特製の御屠蘇で我慢してください!」




そして今年も総司は土方特製千振入り屠蘇を飲まされる事となる。



《終わり》




燗酒五部作第二弾『上燗』です。
やはりこの温度も日本酒には向いていないので甘酒でやらせていただきました。
日本酒が出てくるのは次回からですかね〜。









総司の書初めは“自業自得”と書いてもらいましょう(爆)

日頃は色々と不憫な斎藤兄上ですが年頭ぐらい幸いがあっても良いですよね。
でもセイちゃん特製と聞いた途端の総司の豹変振りが
実に可愛かったです。こういう彼は大好物♪