燗酒五部作 其の伍〜ひなた燗
(七草 総司&セイ夫婦設定・
ほんわか笑いです。ギャグではありませんよ〜。)
瓦解の後では着る機会など無い裃を引っ張り出し、
今年の歳徳神方へ向けてまな板を準備する。
そのまな板の横にいわゆる七つ道具
-------薪、包丁、火箸、擂粉木、杓子、銅杓子、菜箸
を並べ終えると、総司は畏まってまな板の上に七草を置いた。
若菜独特の淡い草の匂いと湿った土の匂いが
ふわっとあたりに漂う。
「・・・今年はあなたのお囃子ですね、セイ。」
そう言うと包丁を手に取りセイに囃子歌を促した。
セイは軽く頷くと、
〜唐土の鳥と日本の鳥と渡らぬ先に、
七種なずな、手につみ入れて亢觜斗張となる〜
と歌い出す。その歌に合わせて総司は
順々に道具を変えてゆき七草を叩いていった。
昇り始めた朝日が窓から差し込み
七草の緑がより鮮やかに照らし出される。
総司が知っている七草の囃子歌と
セイが知っている囃子歌が違うものだという事を知ったのは
横浜に落ち延びてから初めて迎える正月七日であった。
総司が歌う囃子歌にセイが違うと言い出したのだ。
「『唐土云々渡らぬさきに七草なずな』、なんて短すぎやしませんか?」
「でも私の姉も、試衛館でもこの囃子歌でしたよ。」
最初こそお互いに譲らなかったものの
そのうちおかしくなって笑い出してしまった。
「いっそ交互に歌いましょうか。」
結局そこに落ち着いて、その年は総司が伝え聞いた歌を、
次の年にはセイの伝え聞いた歌を歌う事にして
今年はセイの番に当たっていた。
幸いな事に今年の人日(正月七日)は総司の休みに当たっており
ゆっくりと二人で七草の行事を執り行う事ができたのだ。
「ねぇ、せっかくの休みですし一本付けませんか?」
あまり飲まない総司にしては珍しく
朝酒を所望する。
「・・・・年礼でさんざん飲んだでしょう?」
「でも、今年はあなたと差し向かいで飲んでないですよ。
元旦から仕事だったし。」
そう言いながら手は燗の準備をし始めている。
「しょうがないですね。お酒のあては干物しかありませんよ。」
言い出したら聞かない良人に呆れながら
七草粥と干物の準備を始める。
とはいっても手際の良いセイの事である。
すでに七草を入れるだけまで出来上がっていた七草粥と
火鉢の上で焼けばいい干物の準備は
瞬く間にできてしまい、
燗酒は結局ひなた燗までしか温まらなかった。
「いいんですか?そんなもので。」
「だって早く飲みたいじゃないですか。」
総司の目的は酒そのものより
妻とのゆったりとした時間の方にあるらしい。
燗に時間を取られたくはないようで
早々に銚子を持ってきてしまった。
「旦那さま。元旦早々からのお勤め、ご苦労様です。」
総司から銚子を受け取り、セイは総司の猪口になみなみと酒を注いでゆく。
「はい、セイもお正月は年礼客のお相手、御苦労さまでした。」
総司はセイの猪口に酒を注いでゆく。
新選組にいたころに比べたら、飲む酒の質は決して良いとは言えない。
しかし、ギリギリの命のやり取りを行っていた日々に比べ
平和な日々に飲む酒は何と美味い事だろう。
来年もこうやって二人で美味い酒が飲めるように-------
そう願いながら二人は
ひなたのぬくもりを湛えた酒を飲みほしていった。
《終わり》
燗酒五部作其の伍『ひなた燗』です。今回はほんわかした笑いで、ということで
あえてギャグは封印しました。
(ギャグに走ったらお粥かけとかに…大晦日ネタにかぶりそうなので。)
〆という事で明治夫婦設定なのですが、もう一つの理由として話に出てくる
七草の囃子歌-------これをすっきりふたつにまとめようという事で
登場人物が二人だけの明治設定に逃げ込みました(笑)。
今回取り上げたものの他にあと二つ囃子歌は見つかりましたし、
京阪、江戸以外の囃子歌まで・・・となるときりがなさそうだったので。
(私が見つけたのは京阪と江戸のものだけです。)
まだまだいろんな囃子歌があると思いますので機会があったら探してみてくださいませv
最後のお話は私の大好きな明治夫婦物です。
幕末の激動を泳ぎきった彼らの、ささやかだけれど大切な幸せが
ぎゅっと詰まった風景です。
日向のほのかな温もりを感じさせてくれるお話、とても好きですv