四つ彩語り



  二



近藤に頼まれた茶を持って局長室に足を踏み入れたセイは、一瞬目を瞬き
次の瞬間には笑いを抑えるのに必死になった。

上座に座した近藤の向かいには土方が腰を下ろしている。
既に江戸での仕事の話については済んだようで、各人の柔らかな表情を見れば
土産話に移っているらしい。
だがセイが目を離せないのは近藤の隣に座る自分の上司の様子で。

本来ならば土方と共に下座にあるべき男が、近藤の隣にぴたりと寄り添う様にいる。
次の瞬間には近藤の膝に乗り上がりかねない、その嬉々とした表情に
土方にしても文句を言うつもりもないようだ。
あまりに仲の良い三兄弟の空気がセイの目にも微笑ましく映った。


「あぁ、ありがとう神谷君」

久々にセイの茶を味わえると近藤が相好を崩し、セイにも話を聞くように促す。
何やら楽しい話があるようなので、土方から少し下がった場所にセイも端座した。

「江戸でね、面白い方に出会ったんだよ」

近藤の言葉に土方が「またその話か」というように眉根を寄せ、それを見た総司が笑う。

「蘭医なんだが、どうにも度胸の据わった御仁でね。姦賊を斬る気で出向いた私が
 すっかり毒気を抜かれてしまったよ」




――――― ランイ ヲ キル


途中から近藤の言葉はセイの耳には入っていなかった。


――――― ランイ ハ カンゾク



目の前が真っ赤に染まる。

血の朱。
炎の緋。
殴られた痛みが熱を放ち。

誰かの叫ぶ声。
兄の怒声。
自分の悲鳴。

目の前で倒れる父の姿。
兄の体から飛び散る紅い紅い血潮。


笑う男。

笑う、嗤う、哂う。

男の顔が、筧の顔が、近藤の顔になる。

心の底に押さえ込まれていたはずの怒りが激しい濁流となり、セイの胸内で荒れ狂う。

赤い、朱い、紅い。

耳の中で自分の鼓動が大きく響き、頭が殴られているようにがんがんと衝撃を覚える。
他には何も聞こえない。
何も瞳に映らない。


映るは深紅の闇のみ。



セイは部屋を飛び出した。